高校1年生のクラスの同窓会(2)

 高校の同窓会の記事の続きです。前回の記事はこちら。主要なことな前回の記事で語ったので今回は簡潔に書いていきます。


 2次会では立ち寄った先が満席だったこともあり、違う居酒屋まで歩いて移動して2次会が開始。2次会での盛り上がりもやっぱり学校のことがほとんど。K先生も酔ってきたのか、同じことを何度か話していた。

 2次会が進んでいって、気づいたら0時を過ぎていた。人によっては終電に乗れないことが確定してしまった人もいた。2次会はK先生と幹事が帰宅することでお開きになった。私も帰ることにした。他のメンバーはオールで過ごせるカラオケ屋に寄って、朝まで時間を過ごすことにした。皆と和kれた後、私は新宿から山手線に乗り、途中からタクシーで自宅まで帰った。


 私は2次会に参加するのは、今回が生まれて初めて。それまでは面倒くさがって、そそくさと帰っていた。

 それにしても今日ほど、驚くことが多かった同窓会はない。他の同窓会に参加しても「ふーん…」な感じで終わっていたが、今回の同窓会は参加してみて、とても良かった。

 K先生は「次こそはメンバーもっと揃えて、同窓会をまた開きたい」と語っていたが、正直自分は次行くかどうかは微妙なところだ。その時はまた友人の判断で決めるだろう。


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高校1年生のクラスの同窓会(1)

 今月の3日に行くかどうかかどうかなかなか決められなかった高校の同窓会の参加。その翌日に旧友が参加するということになったので、自分も彼と一緒に参加することにした。そして同窓会が昨日行われた。

 今回の同窓会は、私が転校する前に通っていた私立高校(私は途中で転校してしまった身なのだが)の1年生の時のクラスメンバーで開かれた。参加メンバーは当時の担任の男のK先生1人、私含め男子3人、女子7人の計11人。幹事は当時クラスの中心的存在だった女子(通常:リーダー。生徒会長のような役職)。K先生が「みんなの今の状況が知りたい!」という願望から、リーダーが今回の同窓会を開くことを決めたという。クラスは35人ほどいたが、やはりなかなか集まっていなかった。場所は新宿の居酒屋。メンバーの半分ほどがだいぶ遅れてきたが、何とか全員そろって同窓会を始めることができた。


 同窓会の話題は高校時代に関することばかりだった。というのも、自慢ではないが、私がいた当時のクラスはかなり印象深いクラスだった。クラスメイトの1人1人の個性がとても強く、学校行事も他クラスに比べると積極的に参加していた。そのおかげか、私は高校1年間のクラスでの出来事をいくつか強く覚えている。K先生含め、生徒自身も「あの時のクラスが1番良かったよね」という話で盛り上がっていた。

 私たちのクラス担任であったK先生は当時29歳で、昨日の同窓会では37歳になっていたが、風貌はあまり変わらなかった。K先生も皆も、互いの顔見て「変わってないなあ!」という呼び声が絶えなかった。学校のK先生の話題では「○○先生が亡くなったよ」「△△先生リアルに謎の失踪!」といった驚愕の話まで飛び交った。

 K先生は大学卒業後してから7年間当時の私立高校に数学の教員を務め、2回クラス担任を持った経験があるかなり若いK先生だ。しかし、K先生は「教員としての自分の意欲を他校でもチャレンジしたい」と考え、私たちのクラスを最後に、私立高校を去ってしまった。

 K先生の離任式でもあった1学年最後のに日、最後のホームルームでは「このクラスは最高のクラスだ」と涙を流しながら、教壇に立っていた。本人は1学年最初の日に「自分のクラスを良いものにしたい」と私たち生徒全員に公言したこともあって、それが本当に実現できたのだから、嬉しくないはずがなかった。「あの時のクラスが満足のいくクラスじゃなかったら、俺あの私立高校に残ってたと思う。おまえたちがしっかりしていたからこそ、俺は悔いなく学校を去ることができたんだ」とK先生はしみじみに語った。

 K先生の教育は、熱血ながらもユニークで面白いというスタイルだ。不正や規則については厳しく注意するも、ホームルームなどのクラス単位で集まる時間には、学校関連の報告そっちのけで面白い雑談話を話してくれていた。現代はあまり見られない個性育成・熱血青春な教育の雰囲気を漂わせる人だ。「学歴だ! 何だ!」といった堅苦しいガリ勉の雰囲気はない。

 そのK先生から聞いたのだが、私の高校で学校行事で行われた合唱コンクールはなんと、そのK先生が企画を他の先生に発案したのだという。先生曰く、最初は他の先生から反対されつつも、「そこまで言うならうちのクラスが優勝して、どんなに良いものか証明しますよ!」と強気に言ったらしい。そして私たちが合唱コンクールに参加して、他クラスを抜いて、見事に優勝。K先生はこの経験を活かし、他の学校でも合唱コンクールを開かせ、自分のクラスをまたも優勝させたという。先生こそ「心から教師という仕事を天職できる人だ」と感じてしまった。


 K先生から、私が転校したことに関する話題が触れられた。自分で言うのも変だが、私は積極的に物事に参加はしなかったものの、クラス内ではそれなりの存在感はあった。当時私は大学受験のために必死で勉強し、クラスでも高い成績ランク(クラスで2番目の総合順位)を得たことがある。当時はK先生からもよく褒められた。けれど、転校。先生は後からそのことを聞いたのだが、「なんでアイツが!?」と驚いてしまったという。

 転校後の話にて、私は私立の全日制高校から公立の定時制高校へ移ったこともあり、先生から「やっぱりカルチャーショック受けるでしょ?」と聴かれた。まさにその通りで、私立の全日制と公立の定時制では、同じ高等学校とはいえども世界観がまるっきし違うのだ。私が転校した公立の定時制高校は、かなりオープンで自由な雰囲気だったので、校則が厳しかった前の私立高校に比べると、とても居心地が良かった(こればかりは先生には申し訳ない)。


 こんな感じでぺっちゃくり、居酒屋の制限時間である2時間はあっという間に過ぎてしまった。21時ごろに店をみんなで出た後、2次会をやることが決まり、次の会場までみんなで新宿の街をブラブラと歩いていった。


 記事が長くなるので次回に続きます。


『君がオヤジになる前に』

君がオヤジになる前に君がオヤジになる前に
(2010/10/29)
堀江 貴文

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 2010年に出版されたホリエモンこと堀江貴文さんの本です。

 本書では、何も行動を起こさず思考停止し、文句ばかり言って歳をとっていく人々を「オヤジ」と称しています。38歳を迎えたホリエモンが、これからの若い世代に向けて、オヤジ化しないための考え方や思想を、昨今の日本の社会情勢や本人の経験談をもとに赤裸々に書いた本です。


 アドバイスは年齢ごとに違っており、それぞれの内容を(バラバラですが)要約すると以下の通り。

 25歳の君へ:完全独立(完全企業)して、自分自身でビジネスを築きあげろ。ほんの少しの動作にも頭を働かせて、思考を停止させるな。やりたいことをたくさん持て。
 28歳の君へ:結婚や保険などの堅い価値観に縛られるな。経済合理的に物事を判断し、事前の情報収集を怠らず、自身のビジネススキルをアップさせろ。
 32歳の君へ:実行力とクリエイティビティで営業しろ。無能な社員は教育するより、さっさと切り捨てろ。自分の仕事を飽きないよう工夫し、常に仕事のことを考えろ。
 35歳の君へ:経費削減は徹底して行い、利益を出せ。面倒なことを他人にやらせるようになれるほどの金を稼げ。家族が大事という固定観念にとらわれるな。
 38歳の僕へ:ネガティブな思考・逆境を突き抜けろ。それをできた時の達成感は人生にとって、とてつもなくポジティブなものになる。

 5つ目のチャプターだけ、「38歳の僕へ」というチャプター名ですが、書いてあることは他のチャプターと同じで若い人向け(読者)のアドバイスになっています。

 全体を通してみると、彼が語っていることは「常日頃から経済合理的に判断し、事前の情報収集を怠るな」「思考停止したら、何もできないつまらない人生を送るオヤジになる」といった、ガムシャラに突っ走る生き方・考え方ばかりです。

 本書の最後の方では、ホリエモンとマンガ家の福本伸行さんの対談が載っています(福本さんは『賭博黙示録カイジ』や『アカギ ~闇に降り立った天才~』などのギャンブルを題材にした作品の著者として有名)。対談の内容は、福本さんのマンガの裏話、お互いのこれまでの人生経験、ギャンブルに対する考え方、日本の若者にぜひ理解してもらいたいことなど多岐にわたります。

 福本さんはホリエモンとは若干価値観や考え方の違いがあれど、「ガムシャラに人生を生きる」というところはマッチしているといいます。お互いの人生経験の中でガムシャラに生きているということで、そのことに対する考え方がいろいろと書かれています(その中で、福本さんはフィンランドのような高福祉社会を「人々から成功してやろうという覇気が感じられない」「つまらない」という感想を語っています)


 読み終えた感想としては、面白い本でした。本書は実用書の要素だけでなく、ホリエモンの人生経験や気持ちなどを赤裸々に語っている部分もあるので、エッセイ本としての要素の方もいくらかあると感じました。

 ただ、オススメできるかどうかは微妙なところで、正直人を選びます。というのも書かれていることが本当に赤裸々なので、文章の中には「……くだらないなと思う」「子どもは99%ウザい存在だと考えている」といったホリエモン独特のきわどい発言もあります。読者によってはそれらを不快に感じるかもしれません(私は「ホリエモンって、大胆で面白いなぁ」とクスクス笑いながら読んでましたが)。

 とりあえず、「ホリエモンの本を読んでみたい!」という方にはオススメ。「実用的・経済合理的なことが書かれている本が読みたい!」と言う方は本書よりも、他の本を読んだ方が良いと思います。


堀江貴文オフィシャルブログ 『六本木で働いていた元社長のアメブロ』 


就活セミナーに行ってきました!

 今日は就職活動の一環で、都内の某所で開かれた就活セミナーに参加してきました。担当講師は就職・採用のコンタルサントをしてらっしゃる姜雅人(きょう まさと)さん。大学生向けの就職活動支援や、企業向けの人材育成に関する講演を数多く行ってきた方です。

 セミナーは午前10時から夕方の5時までの長時間の講演でした。かなり長時間のせみなーでしたが、まったく苦になりませんでした。というのも、講師の姜先生のセミナーの内容が具体的で分かりやすかったからだけでなく、繰り出される話がとてもユニークで笑えるほどの面白い解説だったからです。姜先生は話し言葉が関西弁「おまえ、○○してどないすんねん!」といった面白い突っ込みを交えた解説が多かったです。本人のエピソードもいろいろと語ってくださいまして、様々な企業や業界の意外な裏話も暴露してくれたりしてくれました。


 肝心のセミナーの内容はというと、お昼休み時間を入れて講演が5時間、残りの2時間で模擬面接を行いました。講演は姜先生が話す講義のようなものでしたが、先生の面白い解説もあって、皆まじめに聴いていました(笑うところでは笑いましたが…)。

 模擬面接では、姜先生以外にも2人の講師が途中から参加。受講者を3つのグループに分けて、それぞれの先生が集団面接を想定した模擬面接を担当・指導してくださいました。面接官である講師が受講生1人1人に異なる質問を1つずつしていき、全員終わったら最後に面接を受けた受講生に的確なアドバイスをするという流れ。私は模擬面接にて、「話が長い!」という指摘があり、「話は起承転結で話さずに、結論+αという形で話しなさい」というアドバイスをいただきました。直さなくては!


 模擬面接が長引き、予定よりも終了時間が20分オーバーしてしまいました。終えて観て思ったものは、今回参加したセミナーは非常に有意義なものでした。面白くて分かりやすい姜先生の教えは、今後の就職活動にぜひ役立たせて頂きます!


 ここで済みませんが個人的な話を1つ。姜さんの名字を見て、私は「中国人かな?」「三国志の名将である姜維の子孫なのかな?」と思い、本人に聴いてみました。するとビンゴ! 彼はお父さんが中国出身であり、そのお父さんの話では姜維の末裔だという話(確証はありませんが)です。これを聴いた時は驚きましたし、嬉しくて握手もしてもらいました。姜先生は横浜にある関帝廟にお正月にお参りに行くそうです。三国志に縁のある方と意外な所で出会えました。

 今日は良い1日でした。


姜雅人 公式プロフィール


相手に返事をすることの大切さ

 私は数日前に、とある企業のキャッチセールスまがいの悪徳商法のターゲットとして狙われた。半ば軟禁状態のようなピリピリした室内の環境にて、企業側のスタッフの強引な歓誘文句と冷徹な態度により、その場から逃げだすことができなかった。

 一度は「あなたにそんなこと言われる筋合いはありません!」と怒りの声を挙げて、その場を退出しようとするも、「あなたはそうやって自分の人生から逃げる気ですか?」と反論する相手の巧みな話術にハマり、その場から自発的に抜け出すこともできなかった。

 私は泣くほど辛い思いをしたものの、この辛い現状を救ってくれたのは、私の家族(両親)だった。

 私が軟禁状態のように拘束されている間、父が私の携帯電話に何度連絡しても出ないことを不審に思い、私と何とか連絡を取ることができた際に、事の状況を把握することができたのだ。

 私の母は、私を困らせている企業の不条理な応対を知って激怒し、電話越しで企業側のスタッフに猛烈なクレームを浴びせた。企業側スタッフも「さすがにやばい」と思ったのか、私を解放した。そのおかげで私はようやく自由の身になれた。企業側のスタッフは謝罪も平謝りで、詫びの気持ちとして粗品の一つも出さない所だった。その企業の倒産はそう遠くないだろう。帰りは、あまりの辛さに自動販売機の隅で顔をうずめて、ひっそりと泣いた。


 この経験は、本当に泣くほど辛い経験をしたものの、学ぶべきことも多かった。特に一番学んだのは、相手に常日頃から返事することがいかに大切かということ

 私は普段、誰かしらの連絡(メールや電話etc)はなるべく返すように努めている。もちろん、家族に対してもだし、遅れたとしても忘れないように返事は出す。なるべく返事を怠らないのは、連絡の内容が自分にとって大事なものなのか相手に確認すること、返事をすることで相手に「連絡は届いたよ」というお知らせの意味を含んでいることの2つからだ。

 この返事の習慣のおかげで、私は家族に異変を気づいてもらって、助けてもらうこともできた。自分が何気なく努めていることが、こんなところで活かせたというのは夢にも思わなかった。


 返事をすることも、コミュニケーションの一環として、とても大事なことであることを、以前の就職希望先の企業の研修兼最終選考にてタップダンスの先生から学んだことを思い出す。

 先生曰く、タップダンスの起源は大航海時代に船で輸送される黒人奴隷たちが、自分たちの体を使って音を出すことによる意志疎通を図った考案したのが始まりだとされる。

 交易中、奴隷商人たちは黒人奴隷たちが暴動を起こさないようにと、彼らが会話することを全面的に禁止した。そこで黒人たちは、壁をドンドンとたたいたり、床をダンダンと足踏みしたりすることで、互いの生存を確認しあったという。

 こちらがドンドンとたたいて、向こうもドンドンと帰ってくれば、相手は元気な証拠。数日後にドンドンとたたいて、向こうがトントンと弱い音で帰ってきたら、「病気か怪我で体が弱っているのかな…」と。また数日後にドンドンとたたいて、何も返事がなかったら、「死んで海に捨てられたのかな…」と。かなりゾッとする話ではあるが。

 当時の黒人奴隷たちは、お互いのコミュニケーション(意志疎通)を図るために、互いに返事をしてきた。では、現代人はどうだろう?


 辛い経験をした当事者である私が言うのも、おこがましくはあるが、自分の周りをふと見回してみると、あまり返事をしない人がけっこういる。携帯電話やインターネットで誰でも気軽に連絡が取れる世の中になっているにもかかわらず、だ。

 返事をしない人に、直接そのことを聴いてみると「俺は忙しくて、そんな暇はないんだ!」といった無愛想な返事が返って来る。「たかが、親指一つでYESかNOを返事できるこの時代に、何をそんなに忙しくしているんだ?」と感じてしまう。私の大学の先生は「忙しい忙しいと愚痴を言う人間ほど、大して忙しくない」と仰る(私もこの言葉に銘じて、「忙しい」という言葉を使うのを拒否している)。そうした人を食事に誘ったことがあるが、最悪だった。まともな返事をしないどころか「俺は参加したくなかったのに、こいつが偉そうに命令しやがった」と、他人のせいにまでする始末。それ以後、その人との関係はキレイすっぱり断っている。こうした人は社会的信用が低いだろうから、仕事も責任持ってやらないだろう。

 逆に返事をする人はどうか? こうした人は会話していて実に楽しい。普段から返事が来るから、何か話したい時・聴きたいことがある時には、いろいろな話が舞い込んでくる。私の友人の1人は、何かしらの会話でよく返事をする傍ら、Twitterをやっている。彼の更新は1日に何度も行われているから、見ていて飽きることがない。相手への返事をよくする人は、何気にTwitterなどネット上でのコミュニケーション・やりとりも頻繁に行う傾向があるように感じる。そうした人のネット上の活躍は見ていて面白いし、「自分も何かやってみたい!」と思わせるポジティブなオーラが出ている。


 必ずしも「返事をする人=何でもポジティブで良い人」というわけではないが、コミュニケーションの一環として、見過ごせない話題だと考える。私はそれを、身を持って体験した。ならば、この経験をバネに今後の生活をより良くしていきたい。