TBSドラマ『MONSTERS』が意外に面白い

 今月から始まったTBSドラマ『MONSTERS』。いつもニコニコして奇怪な雰囲気を出している平塚平八(香取慎吾さん)と、ドジを踏みやすい新米刑事の西園寺公輔(山下智久さん)の二人の変わったコンビが、事件の真相を暴きだすミステリー・サスペンスもの。

 私は初め興味がなかったのだが、母が観ていたので、自分も試しにに観たところ、とても面白かった。2時間もののミステリーやサスペンスにあるチープさやマンネリ感はなく、どちらというとテレビ朝日のドラマ『相棒』に似たような雰囲気がある。


 主人公の平塚は、相棒の杉下右京をより強烈な個性を持たしたような、掴みどころのないクセのある人物になっている。事件の推理も、事件解決のために事件関係者にわざとカマをかけて反応を読んだり、周囲の人物が気づかない細かいところを気にするなど、似ているところが多々ある。

 その平塚を邪険に思っている捜査一課の刑事である金田一(遠藤憲一さん)は、相棒でいう伊丹警部のような存在。自分の手柄を上げようと邁進するも、良いところを主人公たちに持ってかれるスベリ役。とはいえ、伊丹警部のように憎めない存在で、彼の言動には思わずクスリとしてしまう茶目っ気なところもある。

 ストーリーの展開はというと、他の推理ものと変わらず、「事件の犯人は関係者のだれか」というのは変わらないのだが、カマをかけて事件の真相を暴いたり、主人公が変に犯人に同情したりしないところが、巷の2時間もののサスペンス・ミステリードラマと違うところ。


 「なんだ、結局『相棒』と変わりないじゃないか」と思った方もいらっしゃると思うが、相棒とは違い日本ドラマ独特の軽いノリ(笑い)があるので、『相棒』に比べると若い方には馴染みやすいと思う。オススメのドラマ。



『MONSTERS』公式サイト


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そろそろ決断しなければならない時…

 会社を辞めてから、まもなく2ヵ月目になろうとしています。その間、就職活動したり、精神疾患治療のための診察に行ったり、ニートサポートネットで進路相談してもらったりと、ぼちぼちながら動いています。

 先週の木曜日にニートサポートネットで進路相談に行ったのですが、その際スタッフの方からアドバイスをいただきました。いかはその要約(名前のところは本名ですが、プライバシー保護のため、ここではハンドルネームで)。

 「CHAGEAS-FANさんは、将来の進路に対して、迷いがあります。いろいろと活動なされていると思いますが、迷っていると、それらの活動になかなか専念できないと思います。

 なので、力をいれる活動を1つに絞りましょう

 1つに絞れば、迷いもなくなり、活動により専念できると思います。求職活動にしても、このままでは内定が出づらいですし、先が伸びてしまいます」



 上記のアドバイスを聴いた時、「そろそろ腹を決めないといけなくなったか…」と感じました。確かに私はこれまで「自由」を目指して、いろいろ調べたり動いたりしてみたものの、いまだに具体的な方向性や行動方法が見出せませんでした。

 現在求職活動していますが、就職も別に深い意味なんてなく、単に金欲しさでやっているだけのこと。労働では、どうしても今以上に私の生きがいが見出せる気がしません(ただ、そのうち労働でも何かしらポジティブな物事は見つかるかもしれませんが…)。

 ただ、以下のようなアドバイスもいただきました。

 「絞るには、心の決断が必要。決まれば、その後の活動もガンガンやれて、早く決まります」



 ガンガン決まるのならば、即決してしまいたい。私の場合、お金も欲しいので…。経済的基盤が少しでも確立されれば、動ける範囲も広がるので、決断したい。


ベーシックインカムで改善できない問題

 過去の記事にて何度か書いてきたが、私はベーシックインカムをほぼ全面的に賛成している。日本を含め、世界の先進諸国やこれから発展していく国々にとっても、これほど個人の自由を保障・拡大化し、なおかつ社会にとってより良い影響を与えるシステムはない、と考えているからだ。

 とはいえ、ベーシックインカムを考えるにあたって、避けられない問題はいくつかある。今回はその中でも「たとえベーシックインカムを導入しても、改善できない現代社会の問題」について、まとめていく。ベーシックインカムを導入しても改善できない(または完全な改善が難しい)問題は、残念ながらある。

 ベーシックインカムは現行の年金制度や生活保護制度と比べて、日本の社会問題を解決できる社会システムとして、ホリエモンこと堀江貴文さんや山崎元さんといった著名な方々や、現在の日本社会に疑問を持つ人々(特に若い人々)から支持を受けているものの、万能ではないのだ。

 では、どのような問題が改善できないのか。考えるといろいろ出てくるのだが、その中でも私が特に考えているものを挙げていく。


1.自殺者の問題

 日本では1997年以降、毎年3万人の方が自殺で亡くなっている。1997年は山一証券や日本長銀が破たんし、バブル崩壊後の日本経済の不況が更に悪化していった。

 橘玲さんも指摘しているが、日本での自殺の要因として、経済的な理由があることが容易に目に見えている。ベーシックインカムを導入し、必要最低限の生活が保障されれば、経済的な理由で自殺を図る人々を救うことは大いに可能だ。

 しかし、自殺者が減ったとしても、自殺そのものがなくなることは残念ながら決してない。失恋の苦や、病による苦など、経済的な理由以外での自殺もあるからだ。

 ベーシックインカムではないが、『消費税25%で世界一幸せな国 デンマークの暮らし』の著者でデンマーク在住のケンジ・ステファン・スズキさんは、高福祉社会であるデンマークでも自殺は社会的に問題になっていると指摘している。

 「高福祉社会にもかかわらず、自殺が社会的に問題だなんて、そんな馬鹿な!」と驚く方もいらっしゃると思うが、デンマークでも病気を苦にした自殺や経済的な理由な自殺、孤独を苦にした自殺があるという。たとえ高福祉の社会でも、「万人が幸せになれないのが現実」だという。これはベーシックインカムを導入しても全面的に解決出来るわけではない。


2.就職の問題

 ベーシックインカムの導入すれば、必要最低限の保障の金額は支給されるので、橘玲さんや城繁幸さんが指摘している解雇規制(差別的な正社員保護)はいらなくなる。無用な正社員保護がなくなれば、雇用の流動化が促進され、労働者にとっても企業にとっても、自由な働き方(雇用)やワークライフバランスが可能となる。

 だが、その雇用の流動化によって、万人が就職出来るわけではない。残念ながら、その情勢についていくことができない労働者が出てきてしまう可能性も大いにあるからだ。これは職業訓練や自己啓発で解決できる問題でもない。

 解雇規制や終身雇用・年功序列で守られてきた公務員は真っ先に解雇される(残ることができたとしても、かつてのような安定した雇用ではないので、労働は厳しくなる)。公務員に限らず、民間企業でもかつて異常に人員整理が行われ、欧米諸国並みに転職・解雇が活発になるだろう。

 そこで解雇された人々がまた新たに職に就けるかどうかは、もう個人次第となる。必要最低限の保障としてベーシックインカムは支給されているものの、彼らの中にはマイホームや教育費などでローンという重荷を背負っている者もいる。ベーシックインカムだけではローン返済は難しく、給料が減額されるのは生活そのものが苦しくなるのは必定だ。何とか会社にしがみつこうとするも、もう時すでに遅しだ。

 高度経済成長期に描かれた人並みの生活(妻子やマイホームを持ち、安定した職業で昇給・出世を目指す)は、ベーシックインカムでは実現できない。あくまで必要最低限の個人の生活の保障であって、それ以上の生活は個人の労力次第だ。

 若い人々やかつての日本社会を善しとしない人々のように、「正社員に囚われない生き方」や「新しい価値観のライフスタイル」を持った生き方をする人々もいるだろう。ただ、それを善しとしない人々もいるだろう。彼らは自分たちがかつて勤めていた既得権の雇用を正義として掲げるだろうが、ベーシックインカムなどを批判するだろうが、もうその言葉に耳を貸す人はもはやほぼいないだろう。


3.コミュニティの問題

 昨今「昔に比べて、人と人とのつながりが薄くなった」と巷では叫ばれているが、孤独やコミュニティの希薄化の問題は別に今に始まったことではない。

 ベーシックインカムでは個人の自由を保障する。自由な社会の中で「俺は死ぬまで、誰とも関わりたくない!」という人がいても、それは本当に個人の自由なのだから、誰も否定できない。

 コミュニティを円滑にするためのボランティア事業などはあるが、そのコミュニティが活性化するには参加者と主催者の労力次第になる。「コミュニティの希薄化が犯罪を引き起こす!」と批判される方もいるが、たとえ誰かとつながりを持っていたとしても、それが精神的な支えになるとは限らない。


 以上が私が考えるベーシックインカムを導入しても改善できない現代社会の問題である。他にいくつか考えられるが、現在の日本社会と照らし合わせて、一番しっくりくるものを挙げた。

 今回は解決策などの建設的な意見は書いていない。そうした意見はいくらか世に出ていると思うが、私はいかんせん考えがまとまらない。他の改善できない問題も含めて、建設的な意見も書けるようにしておきたい。



TOEICの勉強の現状

 数日前に「TOEICの勉強をやる!」と公言して始めたTOEICの勉強ですが、意外にもけっこう続いています。参考書はまだ前半の途中ですが、これでも続いているのは正直とてもうれしい。

 続けてこれたのは、やはり行動科学の効用が大きいです。私が現時点で活用している行動科学の要素は以下のとおり。矢印以下は私が具体的にやっていることです。行動科学に関する詳細は『脱・三日ぼうず!続かない女のための続ける技術』を参照。私の勉強方法自体の詳しいことは、上記のリンクを参照。

1.やるべきことを、自分にとって手軽にクリアできるハードルに設定する。
 ⇒私はDuo3.0のチャプターを1つずつ音読するのみ。
2.やるべきことを邪魔する誘惑物を排除・コントロールする。
 ⇒好きなゲームや読書はある程度キリが良くなったらやらない。
3.手軽に勉強できる環境を整える。
 ⇒音楽プレイヤーやゲーム機にDuo3.0の学習CDを収録して聴いてます。
4.やったことを記録する。
 ⇒ネット上でダウンロードした無料カレンダーにやった勉強をスタンプして記録。



 続いていることを実感できると、「科学の力って素晴らしい!」とあらためて感じます。努力や根性といった抽象的な思考回路ではクリアできなかったことも、こんなに手軽にクリアできるとは思いもしなかった…。暗記の点についてはなかなかできていませんが、詰まることなく続けられているだけでも、大きな進展です。

 あと、英語の勉強を楽しくできるようになれるのが音読。意外とめんどうくさいのですが、家の中でテクテク歩きながらやると、体を動かせるので、気分が良いです。慣れてくると、「音読って意外と楽しい!」と感じてくるほど。机に座ってやるなんて方が馬鹿馬鹿しいくらい。これはぜひ今後も続けていきたい。


 もうひとつ勉強するとして公言した簿記ですが、こちらはまったく上手くいっておらず。どうも私には、問題集をガリガリ解くという勉強スタイルが合ってないようです(小学生の頃から、そうした勉強スタイルは嫌いでしたが)。簿記の勉強についても、行動科学の理論を用いて解決したいと思います。


無への道程

 無への道程


 hin-bpさんのブログサイト『貧BPの人生オワタ\(^o^)/旅』で紹介されたブログサイトあと半月もしないうちに自殺されてしまう(!)zar2012さんのブログ。hin-bpさんのサイトで取り上げられて以来、多くの方々からさまざまな意見が出ています。


 ブログの管理人であるzar2012さんはFXで大損してしまい、働く気力も持てないということで、自殺を決意したのこと。私もhin-bpさんの記事を読んで以来、よく拝見しています。

 『高等遊民の備忘録』の管理人である遊民さんもおっしゃっていますが、私もzar2012さんのブログをいくらか読んでみて、共感できるところがとても多いです。たとえばこちらの記事

どんな生き方をしようが、どんな死に方をしようが、死んだら無。
この言葉が覆らない限り、自分の考えが変わる事は無いでしょう。
仕事を得るのは以前より遥かに困難になり、得たとしても薄給。
年齢と共に身体も弱り、苦しみの度合がますます酷くなっていく。
そんな苦痛に耐えたとしても見返りが少なく、最終的に行き着く先が無では…
戸愚呂弟じゃあるまいし。

 (中略)

死んでも周りの人の記憶に残る…といっても記憶に残ったって自分が無なのは変わらないし、
その記憶してる人たちが死んだらどうなのか。
子孫を残せば自分の生きた証が続いてく…といっても
死んだら無なのはやっぱり変わらないし、不妊症や未婚の人の価値が無い事に…



 「死んだら何も無い」というのは同感です。サイレントテロに関するネットの主張でもあったのですが、「学歴も女も金も、墓場までは持っていけないので」

 彼の自殺という決断についてはhin-bpさんをはじめ、多くの方々から意見が出ています。こうした意見を読んでいて、橘玲さんの『知的幸福の技術』に書かれていた「自殺志願者に安楽死を」という文を思い出しました。

 「自殺する権利があるか?」は宗教や倫理学の重要なテーマだが、本人に実行能力がある場合、この問いは意味をなさない。権利がなくても、人は勝手に死んでいく。

(中略)

 すべての人が生きる権利を持っている。だが誰も、生きることを強制することはできない。



 橘玲さんが述べているとおり、人がどんなことをしようとそれは自由(個人の権利)です。たとえそれが自殺であっても、本人が強く希望することであれば、誰も阻止するいわれはないと思います(誤解しないように書いておくと、橘玲さんはすべての自殺志願者に安楽死を与えようとしているわけはありません)。私も彼の自由を尊重して、「自殺なんかするな!」とは言えません。

 hin-bpさんは「金が無いから自殺なんてバカらしすぎてする気になれない!」として、自殺に対して反対しています。とはいえ、「強盗でもなんでもやって生きたほうがマシ」という主張は、リバタリアンでも擁護できない考えですが…(強盗は他者の自由と所有物を侵害してしまいます)。


 ただ、せっかくネット上で(一方的ながらも)知り得た方ができたのに、これから一生会えなくなってしまうのは、やっぱり悲しくなります。以前ワタミに勤めていた女性が自殺したというニュースを聞いた時に、私は亡くなった彼女の無念さと喪失感を感じました

 せめて何かほんの少し会話して、別れの言葉を述べたい。いくら自殺が個人の自由といえども、何もせずに何も事が無いまま別れてしまうのは、とても後悔が残ります。自殺する方を目の前にして、「何もしてやれなかった」という後悔の念は、自分の心に残ってしまいます。

 残念ながら、zar2012さんのブログにはコメント欄やメールフォームの項目は無いので、こちらから何か話すことはできません。ならば、せめて彼の自殺するまでの日々を暖かく見守っていきたい。