ますます忙しくなる郵便局のアルバイト

 現在やっている郵便局のアルバイトですが、もうじき元日ということで忙しさのピークが近づいています。働き始めてから3日目以降で、毎日残業の日々です。今季の郵便局は24時間体制で、元日に一斉に年賀状を届けるのですから、尚更です。

 そんな日々の中、働いている最中に郵便局員から、「明日は朝の5時6時に来てくれない?」とのお達しが。「アルバイトでも、そんな朝っぱらから働くんかい!」と驚きつつ、それを了承。5時ではさすがにキツいので、私は6時出勤にしてもらいました。

 まあ、前職でやらされていた強制残業に比べたら全然マシなんで、大して苦じゃないです。郵便局では経営者が威張り腐って社員を強要させたりしないので、充分労働に専念できます。

 今日のところは、とりあえず早く寝て、明日に備えようと思います。最近体の疲れがなかなか取れず、睡眠時間7時間でもまだまだ眠い。もっと早く寝て睡眠に時間を確保したい。


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『増補 経済学という教養』

経済学という教養 (ちくま文庫)経済学という教養 (ちくま文庫)
(2008/07/09)
稲葉 振一郎

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 京大卒のニートphaさんの著書『ニートの歩き方』で紹介されていた本。興味が湧いたので、読んでみました。本書は2004年に出版されたオリジナルに、新しく文章を加えて文庫化したもの。


 本書は文字通り経済学の本。経済学の本といっても、著者曰く「素人の、素人による、素人のための経済学入門」とのこと。まどろっこしい言い方ではありますが、「経済学の玄人が素人向けに書いた入門書」ではなく、あくまで「(経済学に精通していない)素人が、同じ素人に向けて書いた入門書」であるとのこと。

 人間が生きていく以上、経済とは無縁ではありませんので、経済学は教養レベルの知識として理解するべきだと述べています。本書では経済学を損得を生み出す道具として取り上げられているのではなく、あくまで人文科学的な論考で取り上げています。

 本書では、経済学を学ぶにあたって現実の経済問題「不況・不平等・構造改革」の3つのテーマを中心に取り上げています。いずれも日本経済において、いろいろと議論されているテーマです。それらのテーマをもとに、経済学の理論や知識を出し、それらの解説を行っていきます。


 読み終えた感想ですが、正直難しかった。「入門書」となっていますが、巷の本屋で売られている入門書や解説書を連想すると、しっぺ返しをくらいます。

 本書の内容はかなり学術的な論点から書かれており、随所に出てくる論考もけっこうも難しい。著者の文章もくどくどしたまわりくどい感じの読みづらさがあり、書かれている項目によっては「あれ? ここで書かれていることの結論がわからない」と思ってしまうこともしばしば(私のオツム問題かもしれませんが…)。

 さらに本書には索引がないため、再度確認したい単語や理論があっても、それらを探すのが面倒。残念ながら、なかなか理解が進みませんでした。本書で出てくる一部の理論では、過去に橘玲さんが自身の著書で解説していますが、橘玲さんの説明の方が分かりやすい(比較優位の理論の説明など)。

 正直あまりオススメしません。なんとか読み終えた後、本書の内容を理解し直そうと再度読みましたが、途中でギブアップ…。

 Amazonのこちらのレビューでも書かれていますが、本書は「素人のための経済学」ではなくて、「社会派思想家のための経済学」といった内容。経済学の入門書や解説書を読みたい場合は、本書ではなく、巷で売られているもので充分かと。


TOEICの結果

 11月18日に受験したTOEICの結果が、数日前に郵送されてきました。結果の内容を報告します。

 スコア:365

 ああああああああああああああああああああ!! 低い!! 低すぎる!! 受験終えた時点で惨敗だと感じましたが、点数を見ると、なおその惨敗さが分かる。あらかじめ購入した公式問題集をやってみても、このぐらいの点数だったので、予想通りと言えばある意味そうですが…。

 とりあえずDuo3.0を音読していたものの、やっぱり続けるのは難しい。行動科学の力を借りていたとはいえ、それでも勉強してない日が出ました。やっぱりもっと勉強を重ねていかないと。行動科学の力もさらに駆使して、難なくこなせるようにしていきたい。


郵便局のアルバイト

 私は今日から地元の郵便局で仕分けのアルバイトをやっています。期間は年末年始限定で、年賀状の仕分けです。

 郵便局のアルバイトは去年私の妹が経験しており、どんな仕事なのかはある程度聴いていました。私自身現在無職で無収入のため、何かしらの足しになるようにと思い、10月半ばに応募。その後面接をして、今月の頭に採用合格しました。シフト表が今月半ばに到着し、私は今日がアルバイト開始日でした。

 仕事内容は仕分けと言えども、基本的に(当たり前ですが)肉体労働。年賀状の束を専用の仕分け機械に送り込んだり、機械から仕分けされた年賀状の束を別のケースに移し替えたりなどの単純作業です。それほど覚えることがないので、難なく出来ました(こうした仕事はありがたい)。

 私の労働時間は9時から13時の午前業務。個人的にどんな労働でも午前中に済まして、午後を自由に過ごしたいので。


 今日1日やり終えた感想ですが、疲れたぁ…。年賀状を機械から取り出す時にしゃがんだりするので、腰が少々痛くなります。労働時間も4時間と短めですが、私の場合3時間を越えると集中力がプッツリと切れてきて、ミスがポロッと出てきます。

 判断業務のいらない単純作業のお仕事をやるのは今回初めてでしたが、前の会社での労働に比べたら意外どころかメチャクチャマシ! 煩わしい人間関係がほとんどないのが、私にはものすごくイイ。私がやる労働には、やっぱり人とあまり関わらないものが一番似合ってる。


労働に「自己実現」や「やりがい」は求めない

 就活をやっていると、セミナーやら説明会やらで、労働(仕事)に対して自己実現ややりがいといった話題が出てくる。就活生の中にはこうした話題について、強く興味を持っている人もいるという。

 上記のような話題を聴くたびに、私は心の中で「はぁ…」とネガティブな溜め息をつく。はっきり言って、私自身は労働に自己実現ややりがいといった概念は求めていない

 そもそも私が労働に従事しているのは単純にカネのためであって、自己実現ややりがいなんてものはハナっから望んでいない。「この仕事なら、自分でも難なくできそうかな…」という労働を選んで、それを淡々とこなしているに過ぎない。

 私からしてみたら、「労働における自己実現ややりがいというものは働いてみてから分かるものだ」と考えている。実際に従事したわけでもないのに、働く前から自己実現ややりがいというものをいくら考えても、分かるはずがないのだ。「そんなに自己実現ややりがいを強烈に感じられるのなら、まずはやらせてくれよ!」というのが、正直な本音だ。

 それに加え、自己実現ややりがいという概念自体が抽象的で分かりづらいものだ。セミナーやら説明会やらで言われてもピンとこないことがほとんど(言われても、こちらとしては適当に返事するしかない)。それに自己実現ややりがいなんてものは、労働以外の物事でいくらでも見つけられる。

 私の場合は趣味であるテレビゲームのレビュー執筆やブログ・Twitterの記事投稿、写真撮影など、いくらでもある。これらの物事はやっているからといってカネはもらえないが、「好き」という感情で自発的にやっていることなのだから、楽しいし苦じゃない(カネはもらえたらもらえたで嬉しいのだが、カネをもらうことで逆に「労働」と化してしまい、つまらなくなる可能性がある)。

 上記のような言うと「おまえはなんてだらしない奴だ!」とか罵られそうだが、興味がないものを無理やり押し付けられるこちらとしては不快極まりないのだ。そもそも労働に対してどう思おうが、個人の自由であるのだから、私自身は他者が上記のことを熱心にやっても否定したり阻止したりしない。労働によって自己実現ややりがいが見つけられた場合でも、それはそれで個人が欲する物事の一つの実現方法であるのだから、悪いことでも何でもない。

 しかし、「それしかない!」「それ以外は認めない!」というように、考え方や価値観を固定して、他者に押し付けようとするのはまったく馬鹿げている。なにより、それだとやる側もやらされる側も面白くないし、苦痛なだけだ。訳の分からない大義名分に振り回されて、お互いにネガティブになっていては本末転倒である。


 私自身が労働で自己実現ややりがいを見つけたとしても、それはあくまで労働に従事していく中で、カネに次ぐ二の次三の次の要素として見つけたこと。ハナっから求めていないのだから、「そういうもんだ」というふうに軽く考えている。

 とはいえ、私は精神疾患持ちで世俗の物事に馴染めない人間。そんな私では、労働で自己実現ややりがいを見つける前に、心身を病んで燃え尽きてしまう。そうなってもいいように、その労働で適当にカネを稼いだら、さっさとトンズラして、後は悠々自適な生活を送りたいと考えている。そのための計画も現在模索中である。

 私が労働からトンズラする頃には、自己実現ややりがいといった小難しいことを考えなくても、適当に労働に従事して、あとはその給金かベーシックインカムで適度な生活を送れるような世の中になれることを願っている(夢物語で終わる可能性は大きいだろうが、願ってやまない)。


<参考文献>
中島義道『働くことがイヤな人のための本』