緊急執筆! 共育学舎への参加方法

 今回は、共育学舎で私が過ごした日々についての記事の投稿を、一旦ストップします。というのもここ数日、私の周り(現実上、ネット上も含めて)で、

 「共育学舎への参加はどうすればできるの?」
 「共育学舎にメール出したけど、連絡が来ない…」

 という相談や質問が、私のところへ来ています。私自身共育学舎の長期滞在者ではなく、そこのスタッフでもないので、それほど詳しくお答えすることはできません。ですが、私自身の体験を事例とした参加方法やそれに関する事柄について、お答えできる範囲で書いていこうと思います。


1.共育学舎への参加方法

 私が共育学舎へ参加する際、申し込んだのが「いなか研修生」というプログラム(リンク参照)。リンク先のページの下の方にある申し込みフォームから、申し込みました。参加にあたっての注意事項が記載されているので、それを確認したうえで、参加の検討・申し込みを行ってください。分からないことがあれば、事前に三枝さんに質問のメールをしましょう(私は事前に質問のメールを送りました)。

 私の友人はメールで参加の申し込みを行いました。ただ、メールといえども、参加期間参加理由くらいは必ず伝えましょう。三枝さんのところにそれらの記載がない申し込みメールが来たこともあったそうですが、それでは先方が返事に困るのは当たり前です。なので、それらは忘れずに伝えましょう。

 余談ですが、共育学舎ではパン作りを学びたい人のための「熊野暮らし方デザインスクール」というパン作りのワークショップもあります。こちらは有料(15万円)で、6泊7日で集中的にパン作りを学ぶことができます(主催はもちろん三枝さん)。有料でパン作りを学びたい方はこちらを検討してみてはいかがでしょうか。


2.連絡がこない場合

 私の友人はメールで参加の申し込みをしましたが、数日間返事がこなかったそうです。数日後、彼のもとに「都合により、直近の日程での参加受け入れが不可能」との返事が来ました。友人の場合は、先方が受け入れ可能になり次第、再度連絡が来るとのことでした。

 共育学舎では公式サイトにて、不定期のイベントなどの告知があまり記載されていませんが、何かしらのイベント開催や客人の受け入れをしています。なので何かしらの事情により、お返事が遅れることがあります。

 最近の話では、4月から5月の上旬までは受け入れが難しいとのことだそうです。私も東京へ帰ってきてしまったため詳細は分かりませんが、季節の変わり目ということで、農作業などで何かと忙しいのではないかと思います。

 特に急ぎの用でなければ、気長(地道)に待ちましょう。共育学舎は大規模な組織運営ではなく、数人ほどの小規模で自営業のような運営でやっています。三枝さん自身の仕事などの都合もあると思うので、ササッと参加を申し込む前にじっくり検討したり、事前に分からないことを質問したりしてから、参加の申し込みをすることを強くオススメします。


3.参加の持ち物

 参加にあたって必要な持ち物についても書いていきます。とりあえず必要最低限の持ち物として、以下のものをご用意ください。

・着替え
・汚れてもいい服
・防寒具
・長靴(農作業用に)
・軍手(2つほど)
・歯ブラシ
・バスタオル
・体洗うタオル
・汗ふきタオル
・携帯の充電器



 特に汚れてもいい服と長靴は、土いじりの農作業にはかかせないので、忘れずに持ってきてください。汚れてもいい服は、動きやすいジャージなどを着ると良い感じです。防寒着は、3月・4月といえど朝が寒かったりするので、持参することをオススメします。


4.参加にあたっての気持ちの在り方・心構え

 気持ちの在り方や心構えについても書いておきます。といっても、精神論のような抽象的な話ではありません。

 共育学舎は新宮市街から1時間ほど、離れた田舎にあります。そこはコンビニなどの商業施設は一切なく、郵便局もATMがない簡易郵便局です。何かあった時のお医者さんもすぐ近くにはありません。移動は基本的に車です。共育学舎の生活も、テレビがなく、娯楽と呼べるようなものは基本的にありません。基本的に毎日、農作業や三枝さんのお仕事のお手伝いをします。つまり、都会の生活とは全然違うということです。

 何が言いたいのかというと、都会的(世俗的)な考えや価値観を持ちこまず、「共育学舎の生活を通して、人生のさまざまな物事を学ぶ」という学びの姿勢で、共育学舎に参加していただきたいのです。

 「お金を払えば、何でも手に入る」という環境ではありません。共育学舎では、俗世間の考え方や価値観について疑問を持つ人々やそれらにこだわらない生き方を実践している人々もいます。せっかくそうした環境にいるのに、「テレビがない」などと文句を言ったり、「おまえには根性がない」と一方的に参加者を批判するような態度をしたりしては、共育学舎に来た意味がありません。そうしたことをしたければ、別の場所でやればいいわけです。

 田舎という環境に身を置いて、「ああ、こうした環境でも生きていけるんだ」と気づいたり、さまざまな人と出会って「この人はこういう生き方をしているんだ」と知ったりして、自分の生き方や人生の参考になる考え方やアドバイスを学ぶことが大切なのです。これは実際に私が参加してみて、そうした体験をしてきたので確実に言えます。

 横柄・傲慢になったりせず、自然・謙虚な姿勢で共育学舎での生活を体験し、三枝さんをはじめ、共育学舎にいる人々・来る人々に耳を傾けてください。これは共育学舎での生活に必要な気持ちの在り方・心構えでもありますし、一参加者である私自身の密かなお願いでもあります。


 以上で参加方法やそれに関する物事の記述は以上です。一参加者に過ぎない私の記述ではありますが、これから共育学舎に参加したいと考えている方に、少しでも参考になってもらえれば幸いです。


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熊野で人生を見つめ直してみて…(2)

前回の記事こちら


 熊野床張りツアーを終えてからは、共育学舎での生活。先月参加してきたことと同様に、半日の労働(農作業など)と引き換えに、食事と寝床は提供してもらえる生活。この生活の中でNPO共育学舎の代表である三枝さんをはじめ、共育学舎にいる方々・訪れる方々からさまざまなアドバイスを聴いたり、相談に乗ってもらったりしました。

 そうした中で、当初の目的である「将来の経済的基盤」を含めた自分の人生について、いろいろ考え、見つめ直していきました。見つめ直す際、聴いたアドバイスや相談の中で出た答えを書きまとめたメモを見直し、「自分のやりたいことや方向性は何か?」「(熊野を含めた)田舎暮らしに必要な物事は何か?」「自分が今後どう振る舞えばいいのか?」などをじっくり考えていきました。

 考えていった中で大変参考になった・感動したアドバイスなどを一部紹介します。


2.三枝さんとの相談

 今回じっくりといろいろ相談に乗ってもらったのは、代表である三枝さんでした。三枝さんに相談したのは、農業・働き方(ナリワイ)・田舎暮らし・親との距離について、いろいろ教えていただきました。これらは、私が自分の人生や生き方を考えるうえでどうするか気になり、考えていたことです(ナリワイの詳細についてはこちらを参照

 「農業をやりたい」「田舎で晴耕雨読の生活をしてみたい」、そう考えていても「ではそれを実現するには何が必要か?」ということが、今までなかなかまとまりませんでした。今回の相談で、以下が三枝さんとの相談で、出た結論やアドバイスです。

【農業】
・「専業」でやるのか、「兼業」でやるのかで、農業のやり方が異なる。
 →専業で農業をやるには、資金力・技術力が大切。
 →専業での農業は、始めたりするのにかなりのリスクがあり、将来性が低い。
 →専業でやることを止めはしないが、ビジネス(金儲け)としてやるなら別。
・三枝さんは兼業で農業をやっている。
・三枝さんの農業は基本的に自分が食うだけの分を作るのみ。

【働き方(ナリワイ)】
・体(若さ)を資本にして、やれること・できることをとにかくやる。
→さまざまな物事をやっていくことで、できることが増え、自身が出る。
 →自分に特別なスキルや才能がないと理解しているからこそ、何でもやる。
・ビジネスや一般の社会生活におけるスキルではなく、生きていくためのスキルを身につけていく(草刈りやパン焼きなど)。
・現金収入も、上記のやり方の延長線上でやる。

【田舎暮らし】
・地元の人々との信用(人的ネットワーク)を築き、そこから自分で情報を引き出す。
 →どこに住むとしても、地道にやっていく。
 →都市部のようにカネを払えばモノが得られる商店がないので、
人とのネットワークを通じて、自分から探し出すことが大切。
・ただ田舎暮らしがしたいだけなら、即決してやってもいい。

【親との距離】
・親のことはいいから、当面は自分のことを考えればいい。
 →「(親や家のことは抜きに)自分がどうしたいのか」を考える。
 →「自己中心になればいい」というのではなく、自分の考えがしっかり持てるように
なってから、親や家のことを考えればいい。
 →自分の考えがしっかり持てるようになれば、他人のことも考えられるようになる。
・親とは生きた時代や世代が違うから、考え方や価値観が共感できないのは仕方がない。
 →無理に和解する必要はない。



 三枝さんとの相談は1時間ほどかかりました。相談を終えてから、その内容をもとにあれこれ考えましたが、まだまだ悩みの種は消えません。

 農業や田舎暮らしをしたいといえども、やり方などによってはメリット・デメリットがあるので、そう一筋縄ではいきません。特に田舎暮らしに必要な「人的ネットワーク」が個人的に大きなハードルです。

 田舎では確かにあまりお金に依存しない生き方をすることは可能ですが、その代わり人とのネットワークを通して必要な情報を得たり、自分の生活や農作業の手助けを求める必要があります。お金を介さない信用というものが、田舎に生きるうえでいかに重要なスキルであるかを痛感しました。信用を含め、自分がどういうライフスタイルや他者との関わりを持つか。今後将来のことを考えるうえで大きな判断材料になりました。


 記事が長くなったので、今回はここまで。それ以外の大変参考になった・感動したアドバイスなどは次回紹介します。


熊野で人生を見つめ直してみて…(1)

 以前こちらの記事で、突然の告知になってしまいましたが、私は今月ほとんど和歌山県新宮市熊野川町にいました。「どんなに長くても25日まで」と決めていたものの、最終的に25日までフルに滞在してました。

 前回述べた滞在理由・目的を含めて、熊野で私がやってきたこと・考えていたことなどを、複数回にわたっていろいろ書いていこうと思います。


1.熊野床張りツアー

 熊野に着いて、4日から9日までは、伊藤洋志さんとphaさんらが主催する床張りイベントに参加していました。

 このイベントは伊藤洋志さんとphaさんが計画する熊野でのシェアハウス造りの一環で、床張りを含め、壁や天井などの工事を皆で体験するもの。伊藤洋志さんを慕って、多くの人が集まりました。以下が今回の作業現場。

熊野シェアハウス
▲シェアハウスに改築予定の家

シェアハウス室内1階
▲室内1階

シェアハウス室内2階
▲室内2階

 今回現場となる家は、以前地元の方が長年住んでいましたが、先方の事情で手放すことになったとのこと。それを知ったphaさんらがシェアハウスにしようと考え、20万円で譲ってもらったそうです。

 工事は、古い床板や天井板、壁をはがし、そこに新しい床や天井、壁板を張っていくという手順。床張りは時間の都合上あまりできませんでしたが、壁張りはガンガンやっていきました。金槌と釘で壁板を留めていくのですが、これが意外に難しく、打っている途中で釘が曲がったり、板が割れてしまったりと少々苦戦しました。

 床張りツアー中の寝泊まりする部屋は、地元の廃校になった小学校(旧九重小学校)で寝泊まりします。NPO共育学舎のように一部改築して、生活できるようにしています。

旧九重小学校
▲小学校外見

旧九重小学校 男子部屋
▲男子部屋

 この小学校を管理しているのは、NPO法人「山の学校」の代表である柴田さん。柴田さんは共育学舎の卒業生であり、卒業後は熊野に移住してさまざまな活動を拡げています。

 この小学校は、現在改装工事中で将来はブックカフェを開く予定とのこと。そこではカフェのスペース他、パンの販売やパソコンを利用できるスペースなども設ける予定だそうです。

 日中は一通り作業をして、夜は皆で作った食事を食べて、車に乗って温泉に行くというスケジュール。夜皆でわいわいがやがや集まって、話をしているととても楽しく、いろいろな話(面白い話題から深い人生アドバイスまで)を聴けました。特に人生アドバイスでは、参加した方々のいろいろな人生経験を聴けて、とても勉強になりました。

 このツアーは9日まででしたが、8日で作業が終了なので、9日には皆ほとんど帰ってしまい、人が少なくなりました。なので事実上8日でお終い。8日は何もせず、柴田さんに共育学舎に送ってもらいました。伊藤さんとphaさんの都合により、工事は一旦中止だそうで、次は5月に再開するとのこと。


 とりあえず今回はここまで。続きは次回の記事に書きます。


更新停止のお知らせ(2013年3月3日)

 突然の告知でスミマセンが、私は明日から和歌山県新宮市熊野川町に行ってまいります。

 期間は2~3週間ほどを予定しています。いつまでという明確な期限は決めていませんが、どんなに長くとも25日までには帰宅します(26日は行きつけのお医者さんの診察があるので)。

 ですので、ブログの更新は再度一時ストップします。コメントの方は、不定期になりますが可能な限りお返事を書こうと思います(共育学舎ではネット環境があるので)。当ブログをご覧の皆さま、何卒ご了承のほどをよろしくお願い致します。


 行く理由は、熊野で行われるシェアハウスの床張りナリワイツアーへの参加と、再度NPO共育学舎の「いなか研修生」に参加するためです。前者ではニートのphaさんやナリワイ創始者の伊藤洋志さん、NPO共育学舎の参加者の方も来ており、皆さんとそろって作業をします。

 NPO共育学舎の「いなか研修生」に再度参加する理由は、田舎暮らしなどを含めた「自分の将来のこと・生きていくための経済的基盤について、情報を集めたり知識を溜めながら、じっくり検討していきたい」と考えたからです。

 これまで学校や会社など、巷の社会生活に馴染めず、新卒で入社した会社も精神疾患こじらせて、わずか5カ月で退職。無職(ニート)生活もはや半年を過ぎましたが、特に大きな兆しが見えず、暗中模索の状態です。

 親とも相談したのですが、今の私には「定期的な収入がない」というのが、さまざまな物事をネガティブにこじらせる一番のネックになっています。現在は貯金を切り崩して生活していますが、それもいつなくなるか分かりません。といっても、巷の「正社員になろう!」という大合唱には、精神的なダメージ(トラウマ)から乗りたくないし、そもそも乗れない。そうなると、ピシッとしたスーツを着て、息苦しい無機質のオフィスビルの中でひたすら働くというのは、私には物凄く無理に近い。

 巷の年長者から見れば「根性無し!」「甘ったれているだけだ!」と叱責されそうな私ですが、前回の「いなか研修生」に参加した際、農業やいなかの環境など、私にとっては大変感動できる体験でした。「息苦しい無機質なオフィスビルの中ではなく、良好な天候と自然環境の中で、体を動かして働きたい」。そう思えるほどの感動で、帰宅した現在でもその感動が忘れられません。「田舎暮らしをしたい!」という考えも強まりました(私の両親からも「おまえは都会でバリバリ働くよりも、田舎でのんびり働く方が向いている」と言われたほど)。

 しかし、田舎暮らしするにせよ、熊野に住むにせよ、すべての物事をまだ100%決めたわけではありません。「何十年先の将来もずっと田舎暮しでいいのか?」「田舎暮らしは熊野で即決していいのか?」という、決まっていない要素は多々ありますが、なにより「生活の経済的基盤をどうするか」が決まっていません。どんなに田舎でローコスト生活を送れても、現金収入は必要になってきます。その現金収入を「自分でどう築いていくか」「どう維持していくのか」が大きなポイントになってきます。

 「熊野に行けば仕事がある!」といった生半可なことではもちろんありませんが、以前参加した際に私が無職で求職中であることを知った周りの方々が、何かしらの生き方や働き方について、私にいろいろとアドバイスをしてくださいました(Web製作の仕事など)。今回の参加を通して、働き方・経済的基盤の具体的な事柄について、より情報を集めたり、質問・相談していきたいと思います。


 研修から帰り次第、ブログは更新しますので、ご安心を。


被災者救済も含めてベーシックインカムを導入すべき!

 今朝の読売新聞の記事に興味深い記事が載っていたので、紹介する。

【職のない古里 帰れぬ】
 「稼げる仕事さえあれば古里に戻りたかった……」大槌町赤浜にあった新築の自宅を津波で流された吉田久人さん(33)が、アパートの居間でつぶやいた。震災直後、内陸に70キロ離れた岩手県花巻市に移り、一家5人で暮らしている。
 収入が不安定な遠洋漁業の船員だったが、花巻で妻(37)と一緒に宅配便の運転手として働き始めた。3歳になる長男、病気がちの両親を抱え、住宅ローン2000万円が残っている。「妻の収入にも頼らざるを得ないが、沿岸部では女性の仕事が少ない」。大槌には両親が通える病院も少なく、このまま花巻に根を下ろすつもりだ。
 <読売新聞 2013年3月1日 1面>



 上記の新聞記事は、被災地での人口流出が止まらないことについて書かれたものの一部。震災と津波による瓦礫の散在や、原発事故による放射性物質の懸念から、震災前と比べて住民は3万5000人も減ったという。

 震災が起きてから、まもなく2年が経とうとしているが、社会のムードはネガティブな印象が若干ある。安倍総理率いる自民党は、マニフェストに公共事業をやったりするそうだが、バブル崩壊後も同じようなことをしてきて上手くいっていないにも関わらず、震災復興でも同じことをやるのはいかがなことか。

 被災者の就労支援は特に深刻である。漁業で生計を立てていた人が、いきなり違う分野で働くこととなったら、誰もがとまどう。これは被災者に限った話ではない。


 私は「被災者支援と現在の日本のセーフティネット充実のためにも、ベーシックインカム(以下:BI)を導入するべきだ」と強く考えている。BIは国民なら万人に与えられる必要最低限の保障である(詳しくはこちら)。保障対象者は被災者も例外ではない。これまでのセーティネットでは、取得条件や項目種類が複雑で難しく、必要とされる支給者に行きとどかないケースも多々あるが、BIではそうしたことがなくなる。被災者限定のセーフティネットを構築せずとも、一括でできるシステムがあれば困らない。

 ろくなセーフティネットも整えないまま、無味乾燥な労働ばかり拡め、大した恩恵のない公共事業を延々と続けている。こうしたやり方を続けていても、震災復興を含め、社会がポジティブにならないのは誰でも目に見えている。

 「そうはいっても、他に解決策がないんだ! 文句言わずに勘弁してよ!」
 「被災者の自立のためにも、セーフティネットなんていう甘やかしたものなど不要!」

 こうした反論はあるだろうが、現状が上手くいっていないのならば、それに手を加えないわけにはいかない。後者にある「自立のため」といった大義名分は、これまでの公共事業を見ても分かるように大して機能していないのが証明されている(事業仕分けで×をくらった「若者自律塾」など)

 また被災地に残って、生活を続けたい人や支援活動などを行う人にとってもBIは大きな手助けになる。最悪職がなくても、その場に留まって必要最低限の生活ができるからだ。

 財源の問題など、実現するうえでいくつかのハードルがあるが、公共事業や公共施設の大幅カット、現行の社会保障の大幅廃止、公務員・代議士の人数削減、消費税増税、所得税の税率固定化など、「小さな政府」を目指した政策を進めていけば、かなり財政は上がるだろう(かなり無理難題かもしれないが、徐々に減らしていけば、BIに舞わせる財政も増える)。


 被災地では「復旧」ではなく「復興」という言葉が使われている。「元に戻す」のではなく、「新しいものに変える」という意味でつかわれているそうだ。震災後、「日本は新しく生まれ変わる」と唄った類のキャッチコピーが世間で流れている。この流れに乗るならば、BIを含めたセーフティネットでも同じことを唄ってもいいだろう。セーフティネットの話になると、日本では「甘えだ!」「根性無し!」といった根性論(精神論)で片づけられて、問題になりにくい。これでは解決できるものも解決しない。

 セーフティネットもこの流れに乗り、変化をするべきだろう。無論、その変化には私たち一人一人の意識や責任がなければならない。それらがあれば実現できる可能性は少しでも高まるはずだ。その時こそ、社会の変革で私たちが大きく前進する時である。