まもなく2014年

 今日で郵便局のアルバイトが終了しました。

 地元の郵便局ですが、去年勤めていた郵便局とは違う局でのアルバイトでしたが、今年やったところの方が全体的に楽チンで余裕でした。それほどキツキツな仕事もなく、ゆるい感じで事が進んだので、特に問題も起こることなく終了できました。これが私にとっての今年の仕事納めです。

 それはそうと、もうまもなく2014年になろうとしています。我が家では毎年恒例のジャニーズライブを観ながら、年を越します。今年もそうでするでしょう。

 今日は本屋で新書を2冊購入。最近ゲームも本も、わずかながらストックできるほど購入してしまいました。どれも積んではいませんが、さすがにこのままいくと積みそうです。そんなことにならないためにも、もうゲームと本はしばらく買わないようにします。今あるもので充分です。


 今日は特に話すこともないので、この辺で。皆さんも良い大晦日を。

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これからのコミュニティ形成に求めるもの

 私は以前、「ギーク村」という一つのコミュニティ形成の構想について書いた。今回はコミュニティ形成そのものについて、私なりに考えていることを書いていく。

 以前書いたギーク村では、「お互いに価値観や考え方が似ている人や共有する人同士が集まって、共同生活する」という場所として、単に生活するだけでなく、村内でお互いにお金のやり取りもするというものであった。

 ギーク村の構想自体は友人が話してくれたもので、私が発案したものではない。だが、こうしたコミュニティ形成には、私自身大変興味がある。というのも、個人的にこうしたコミュニティ形成について求めていることがある。

 それは「人的セーフティネットの機能を持つ」ということ。

 ここで言う人的セーフティネットとは、「国家に頼らずともコミュニティでの相互関係を通して、個人へのセーフティネットを充実させる」というもの。

 以前、大阪府に住んでいた親子の餓死事件についての記事でも書いたのだが、これは金銭的・制度的な面のセーフティネットだけでなく、精神的な面でのセーフティネットを構築することで、お互いを助け合いながら生活していくことができる。

 セーフティネットは本来国家によって築いてあるはずなのだが、日本の生活保護はうまく機能しておらず、救うべき人々を救っていない。セーフティネットとしての機能すらしていないのが現状だ。ここまできたら、ベーシックインカムなどの他のセーフティネットを導入して解決すべきなのだが、反発が多いばかりか、解決に向けた行動すらしていない。

 国家に頼らずとも、自分たちでセーフティネットを築く。それを実現させるのが、この人的セーフティネットなのだ。

 では具体的にどのようなセーフティネットなのか?

 いろいろ考えられること・思うことはあるのが、一言で言うならば「就職しなくても生きていける」というもの。つまり、社会(俗世)へ無理に出なくても、コミュニティに入れば(贅沢をしない範囲での)必要最低限の生活ができる機能だ。

 私たちの周りにあるニート・フリーター・ひきこもりなどの社会的弱者を支援する機関や組織というのは、どれも人々を社会へ戻そうとする(就職させようとする)活動ばかり。私はだいぶこのことに大きな疑問を感じていた。「社会的弱者の多くは、社会へ出ること・戻ることで苦しんだり悩んだりするのに、それでも彼らを社会に出させようとするのは解決にならないのではないか?」と。

 特に就職は、新卒採用を含めて今後もあまり良くならないと予想される。アベノミクスへの期待などから「就職へのチャンスが拡がる!」という意見もあるかもしれないが、それもまたいつ限界が来るか分からない。そうした状況にも関わらず、「就職できないのはお前が悪い!」「甘えているから、いつまでも就職できないんだ!」と、当事者を批判するのは、はっきり言って下劣極まりないことである。

 ひきこもり名人である勝山実さんは、自身の著書『安心ひきこもりライフ』で、そうした就労支援は「ひきこもりではなく、就労支援を支援している」として、強く批判している。当事者に何の恩恵もないのならば、なんの意味もないのだ。どんな活動も最終的に就職ばかりにしか結びついてないとしたら、個人の選択肢は大きく狭まってしまう。

 私自身、社会に馴染めない人間であるので、「無理して社会に戻らずとも、自分たちでコミュニティを形成して、生きていける方法はないか?」と強く考えていた。その考えの根底にあるのが、先ほどの「就職しなくても生きていける」というものだ。

 これまでの社会は「就職をしないと生きて生いけない」とされてきた。しかし、就職をしても何かしらの問題が生じてしまう以上、もはや就職を目標に弱者救済を掲げるのは、無理がある。

 そこで、弱者同士によるコミュニティの形成とそこへの入居によって、安心して生活できる場ができる。「就職なんかしなくても、ここでなら自分でも生きていける」。今我々に必要なのは、コミュニティの形成によって、既存の社会に左右されない新しい自由を手に入れることである。


 ギーク村の構想を話してくれた友人には、まだ上記の考えを話していない。いずれ話す機会があったら、このことをぜひ話して、返答を聴きたいと思う。


共育学舎へいつ・どのくらい行くか?

 和歌山県の共育学舎のことを、ここ数日ぼんやりとながらも考えている。

 以前勤めていた農業法人での勤務が上手くいかなくなった頃から、「共育学舎に戻りたい!」と強く考えていた。前にも書いたが農業法人は本当に赤字経営で、農業は不作に終わり、収益もろくに出なかった。加えて職場環境も悪くなり、給料は未払いや遅配も起きていた。かくゆう私も遅配の対象になってしまい、辞めた11月分の給料が未だに支払われていない。

 当時の同僚Mさん(仮名)には、共育学舎のことを話していたこともあり、お互い「組織勤めよりも、自分で独立してやりたい」という気持ちが強かった。そうした中で働いていると、日々の労働がとてつもなく苦痛だった。農業は不作ばかりで、学べることが何もない。加えて農業法人が赤字続きで、そのツケ払いがすべて従業員に回ってくる。人間関係もピリピリで、話題は事あるごとに金金金金…。

 そうしたことから、私はついに法人勤務への不満が爆発。10月に、共育学舎への長期滞在ができるかどうかのメールを代表の三枝さんに送った。現状を洗いざらい書き、無我夢中でメールを送信した。

 三枝さんからはお返事が来た。「未だ時間があるので、もう少し自分の気持ちを整理してみてください」というお言葉を頂いた。その言葉に一瞬糸が切れたかのように、フッと肩の力が抜けた。

 その後、三枝さんからは今月中にメールが来た。年末年始の共育学舎の運営に関する連絡が主だった。年末年始は閉鎖し、再開は1月20日からとのこと。先方も年末年始はいろいろ都合があると思うし、今すぐ行くのはさすがに申し訳ない。

 Mさんからも「CHAGEAS-FAN君は、いつ(共育学舎へ)行くの?」と最近聴かれた。行きたいのはやまやまだが、いつ行くかは今すぐ決められない。行くとしても今度は、どのくらい滞在するか。今回は短くても2~3ヵ月、長くて半年~1年は滞在したいと考えている。今まで参加してきた滞在よりも長い期間になるので、行く前に三枝さんと要相談だ。今月はもう無理だから、行くとしたら来年の1月からになる。


 共育学舎のことは私の友人ともよう話すのだが、そうするとよく「そこは就職の場ではないんでしょ?」といった返事をされることがある。サラリーマンをしている友人Sから、そのように言われたことがある。私の親もこのことをよく気にしており、今まで共育学舎へ行くことを良しとしなかった。

 こうしたことに対して、私は言いたいことがある。

 「自分の人生にとって、やりたいことをしに行くのだ!」

 と。確かに給料をもらうための労働をしに行く場ではない。しかし、共育学舎には「金」という目先のことを抜きにしてでも、そこへ飛び込んで行きたいという強い思いが湧いてくるのだ。

 私は「正社員で組織勤めするのはもう無理かな」と感じている。以前こちらの記事でも書いたが、私は社会のレールからはとうに外れてしまっているし、今さら社会のレールに乗った生き方を目指すのもさすがに難がある。「2度あることは3度ある」という言葉の通り、たとえ私が次の正社員の職に着いたとしても、すぐに辞めてしまいそうなのが目に見えてしまう。

 「ここまで来たら、行ける所まで行きたい!」とも考えるようになった。正社員でも、労働者でもない、俗世の生き方とは違う生き方をできないかと、私は以前から考えていた。2度目のニート、この機にそれを実現できないか、と強く思うようになった。

 「自分は何がしたいのか?」

 あらためて、それを自分自身に問いかけることができた。いろいろ迷うことはあるが、まずは共育学舎へ行きたい。これだけは変わらない。来年あたりに、三枝さんに調査機滞在の相談についてのメールを送りたいと思う。


『なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか?』

なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか? (講談社プラスアルファ新書)なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか? (講談社プラスアルファ新書)
(2007/09/21)
岸本 裕紀子

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 たまたまブックオフにて105円で売られていたものを、興味本位で購入。

 本書は、現代社会に生きる若者があまり競争社会に参加せず、身の丈に合った生活をしている現状や実態について述べたもの。タイトルにある「半径1m以内」というのは、物理的にも精神的にも背伸びをせずに、ほどほど安定して活動・行動できる範囲のことを述べています。

 現代の若者は、チャレンジ精神に富む、というよりは安定志向である。
自分の将来や仕事について真剣に考えれば考えれるほど不安に陥るので、とりあえずは何事にも過剰な期待を抱かず、トラブルなく毎日を過ごし、無理せず手堅く生きることをよしとする。「半径1m以内」でこぢんまりと生活するのが好きだが、それを自分流に心地よく整えたり、楽しく暮らすセンスは抜群だ。



 「半径1m以内」というのは、具体的にどのようなものか。本書でよく書かれているのが、巷で言われている「若者の○○離れ」という、かつて良い(人気)とされた物事に興味・関心がいかなくなったこと。

 海外旅行よりも国内の京都へ行きたい。今付き合っている人間よりも地元の旧友と交流したい、豪勢なお店に行かなくても近所のコンビニに行けば充分、といったもの。

 著者は現在の若者が、こうした価値観になっている背景には、彼らにとっての「心地よさ」が大切になっているからだと説きます。

 豪勢な食事やエンターテイメントを楽しまなくても、手元のケータイで友達と連絡を取り、近くのコンビニでアイスクリームを買って食べる。こうした時間は、まさに至福の時間。この「心地よさ」は、「ラクにできる」こととセットになっていると言い、頑張れば手に入るもの、時間をかけてゆっくりと手に入るものとは違うと言います。


 読み終えた感想ですが、普通でした。「現代の若者ってこうなんだよ」といった類の若者紹介でした。年長者からすれば、「現代の若者はこうなのか!」「なんて覇気がないんだ!」といった感想が出てきそうだけど、若者からすれば「別にそれがどうした?」という感じでした。本書の出版も2007年なので、現在ではどう変わっているのかは、ちょっと不明。

 暇つぶし感覚で読むにはちょうどいいかと。


2010年代前半を生きてきて思うこと

 2013年も残すところ、あと数日で終わり、2014年を迎えようとしている。2010年代に突入してから、3年が過ぎようとしている。

 私を含め、すべての人類が2010年代に生きている。今回は、その「2010年代に生きている」ということについて、感じたことをありのままに書いていく。


 まず正直なことを言うと、私はこれまで「2010年代に生きている」という実感がなかった。つい最近まで「2008~2009年に生きている」という感覚だった。「2010年代に生きている」という実感が湧いたのは、本当につい最近のこと。

 2000年代を生きていた頃は、「中学→高校→大学」という自分自身の歴史の成長のステップを踏んだこともあり、成長と同時に時代が変化していくのが目に見えていた。

 当時はIT技術が大きく進化した年代でもある。当時持っていた携帯電話は進化に進化を重ね、機能が充実していった。私が大好きなゲームも、PS2からPS3という大きな進化を受けた。ネットサーフィンで見かけるサイトの構成も、FLASHを多用したりして、大きく変化した。身の回りにあるそれらのものを通じて、2000年代という時代が変化していくのが身にしみて実感していった

 そうした時代の変化を感じなくなったのはいつの頃だろう…。

 2010年代に入った頃のことだ。2010年を迎えた当時、私は「2010」という数字そのものに違和感を覚えていた。2000年代は下一桁が変化するのに対し、2010年代は下二桁が変化した。たったそれだけのことなのに、大きな違和感があった。そうした時代を迎えたこと自体が、自分にとって変に思えたのだ。

 そんな変な感覚を抱いたまま、2011年、2012年、2013年も迎えることになる。その感覚と同時に、時代の変化についていけなくなり、それらに対する刺激も減っていった

 2010年代に入ってからは、携帯電話に代わって、スマホが台頭していった。携帯電話が当たり前だった私にとって、スマホはとても未知の領域だった。今年手に入れたスマホですら、携帯電話を持っていた頃のように、うまく使いこなせていない。

 2000年代のネットの世界では、多くの人々が個人のWEBサイトを立ち上げて、それぞれ個性やオリジナルのある個人サイトを立ち上げていたが、やがてブログ→Twitter→Facebookという変化に押され、目立たなくなっていった。TwitterやFacebookは誰でも気軽にネットで情報発信ができる反面、発信内容が簡素すぎたり、デザインがテンプレートの流用ばかりで個性がないなど、個人サイト独特の趣はなくなってしまった。

 大好きなゲームについても同じことが言えた。PS3が台頭したのは良いが、PS2の頃に期待していたワクワクドキドキするほどの代物ではなった。確かにスペックは良いし、面白いソフトもある。だが、これまで期待されていた『メタルギアソリッド4』や『バイオハザード5』は面白かったものの、びっくりするほどの出来ではなった。(私は未プレイだが)期待されていた『ファイナルファンタジー13』もいろいろと迷走しており、これまでの期待とは大きく外れてしまった。

 『コールオブデューティシリーズ』などのびっくりするほどの面白いシリーズ作品も登場したが、それらも最新作が出るたびに期待とは裏腹の評価が低い作品になっていった。もうここ最近は、mk2グループへのソフトレビュー投稿でも、満足度が5点になるようなゲームに巡り合っていない(ぜひ今後のプレイで巡り合いたいところだが)。

 スマホもゲームも、驚きという刺激の度合いが減ってしまった気がする。

 携帯電話が無かった頃の度合いが0だとすると、携帯電話の登場は100ぐらいにまで跳ね上がった。だが、スマホの台頭での刺激の度合いは私にとって130ぐらいしかない。

 ゲームはPS2の頃は100あり、PS3で180ぐらい上がった。だが、PS4にもなると、±10くらいの変化しか感じなくなり、驚きの度合いも減ってしまった。

 身の回りにあるそれらのものを通じて、時代が変化していくのが身にしみて実感していった私にとって、身の回りの変化や刺激は大して驚くべきものではなくなってしまった。「2010年代に生きている」という実感がなかったのは、このせいではないかと個人的に考えている。


 そして現在。スマホもなんとかそれなりに使えるようになり、ブログや共育学舎を通じた人とのネットワークも構築できた。こうしたことが乗じてか、「2010年代に生きている」という実感が今までに比べて、湧いてきているのが実感できるようになっていった。

 これまで私が生きていた2010年代は、2000年代の延長にしか過ぎなかった。だが、これからの2010年代は、私にとって「2010年代を生きている」という実感を持てる時代なのだ。つまり、これからが私にとって2010年代への突入なのだ。

 この変化を実感できるまで、4年近くもの時間を要してしまった。別に私生活に支障が出ていたわけではないが、心の片隅にあった小さなモヤモヤがすっきり晴れた。他者から見ればどうってことない問題ではあるのだが、もう変な感覚を抱える必要もないと思うとすがすがしい気分だ。

 これでひとまずは、2014年を迎えることができそうだ。さて、来年はどのように生きようか…。