名探偵コナン漫画「平良伊江と父との再会」

 以前こちらの記事で、『名探偵コナン』の「孤島の姫と竜宮城」に登場したキャラの一人である平良伊江の漫画を描きました。その後、彼女の漫画をもう少し描きたいと考え、さらに描きあげました。内容は、前回で生き残った彼女がコナン一同とともに孤島から本土に戻って来るところから始まります。5・6ページは色彩表示の都合上、画像サイズが他のものより大きいので、ご注意を。

※今回の記事も、『名探偵コナン』の「孤島の姫と竜宮城」のストーリーのネタバレが前提で書かれています。ストーリーを未読でこれから楽しみたい方は、ストーリーを原作単行本35・36巻やアニメDVDで読み終えてから今回の記事を読むことをオススメします。

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平良伊江と父との再会1

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平良伊江と父との再会2

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平良伊江と父との再会3

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平良伊江と父との再会4

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平良伊江と父との再会5

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平良伊江と父との再会6


 平良伊江の生存を描いたこともあり、「せっかく彼女が生き残ったのだから、父親との感動の再会もさせてあげよう」と思い、描きあげました。再会の場面を描くのは難しかった。互いに抱く構図が難しく、妹からは「絵がギコチない」と突っ込まれたほど。私の腕はまだまだ未熟やわ…。

 今回も前回同様、構想していたページを一部カットしています。4ページの後に、町長が平良伊江を抱き合いながら、「私はおまえと二度と会えないと覚悟していたが、おまえは帰ってきてくれた」「これまでのことで何もかも一人得背負うな。これからは私がついている」と語りかけるシーンと、それを見た大東が感極まって泣き崩れるシーンを2ページ分描く予定でした。ですが、4ページ目でキャラ一同の顔を出してしまったことによるページと前述のシーンとの組み合わせが上手く描けなかったこともあり、泣く泣く断念。

 5・6ページはまたも説明臭くなってしまいましたが、平良伊江のこれからについて描いています。これは以前こちらの記事で書いたことを、どうしても漫画で伝えたかったからです。「彼女の生存は単なるハッピーエンドではなく、彼女が事件と向き合うための過酷な人生を歩まなければならない始まり」ということを。説明臭い描写でしか表せなかったのは残念ですが、4ページ目までだと普通のハッピーエンドになってしまうので、そこはどうしても避けたかった。

 それとどうでもいい余談ですが、今回の漫画も前回のと同じように北斗の拳ネタを入れる予定でしたが、構想を練るうちにボツにしました。いろいろ描いていくうちに入れる必要がなくなったので。どんなネタかというと、以下のセリフ。

蘭「見て、都さんの顔…。島に行く前と比べて、子どものように…」
平良「お…お父さん…。むかしのように…、もう一度ぬくもりを…」
コナン「哀しい事件だった。なによりも愛深きゆえに…」

 今思うと、逆に入れなくて良かったと思います。さすがにコレは狙い過ぎでした。


 さて、「孤島の姫と竜宮城」の内容に関する漫画はコレで終わりにしたいと思います。原作での平良伊江の描写や扱いに納得がいかなくて描き始めましたが、ようやく描き終えたことで私なりに納得できる内容となりました。あまりこうしたことをするのは作品上よろしくないのは重々承知していますが、平良伊江の死がどうしても無念だったので、何もしないよりは自分なりに納得できる形で彼女を活躍させてあげたいと思い、最後まで描くことができました。

 あと個人的なことですが、今回の漫画を通して、平良伊江というキャラが気に入りました。さすがに当ブログのマスコットキャラとかにはしませんが、私の好きなパロディ漫画のキャラとして登場させたりして、今後の活躍を描いていきたいですね。

 それでは、今日はこの辺で。


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『ファイナルファンタジーXIII』レビュー

ファイナルファンタジーXIIIファイナルファンタジーXIII
(2009/12/17)
PlayStation 3

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 去年地元のブックオフで、『ファイナルファンタジーXIII(以下:FF13)』が中古500円で大量に売っていたので、買ってクリアした。私はFFシリーズが好きで、7から始めて12までプレイし、7に至っては関連作品である『クライシスコア』や『ダージュオブケルベロス』、『アドベントチルドレン』も楽しんだ。

 最近はRPG自体をあまりやらくなったこともあり、12以降はFFシリーズに触れていなかったが、FF13はかねてからプレイしたいとは思っていた。今回ようやくクリアできたので、そのレビューを書いていく。

【概要】
 FF13は、PS3でシリーズ初のナンバリングタイトル作品であり、PS3が発売される前からPS3のキラータイトルとして期待されていた。しかし、なかなか発売されず、2009年にようやく発売された。関連作品としてPS3で『ヴェルサス13』、ケータイで『アギト13』という三部作になる予定だったが、その後前者はPS4・XboxOneで『FF15』として、後者はPSPで『零式』として発売されることとなった。

 FF13は世間でも言われているように、一本道のステージで進んでいく。ストーリーが進むごとに場所が変わったりはするものの、基本的に目的地までほぼ一直線に到達できるように構成されたステージを延々と進んでいく。もちろん、ワールドマップは存在しない。FF10でもそうした構造はあったものの、あちらはストーリーが進めば、過去に訪れたステージにも自由に行き来することができた。だが、今作ではある場所を除いて、過去に訪れた場所を行き来することはできない。つまり、ほとんどの場所は訪れたら、一度きりなのだ。

 戦闘システムはターン制で、従来のシリーズでおなじみのATBバトルとなっている。戦闘中は敵・味方ともに絶えず動いており、キャラの立ち位置で攻撃の当たり判定が変わったりする。味方はAIで動き、プレイヤーの作戦指示でキャラの大まかな行動の変更ができる。作戦指示はオプティマと呼ばれるシステムで設定することができ、戦況に合わせて作戦を変えることで、うまく立ち回る必要がある。

 戦闘の攻略では、チェーンとブレイクをうまく使いこなすことが重要なカギとなっている。チェーンゲージを満杯にすることで、敵はブレイク状態になる。ブレイク状態では敵へのダメージが倍になるので、この状態の時に大ダメージを与えていく。

 成長システムはクリスタリウムと呼ばれるもので、戦闘勝利でもらえるCPというポイントを消費して、成長ルート上にあるクリスタルを取得していく。10のスフィア盤や12のライセンスと似ているものになっている。

【レビュー】
[美しいグラフィックと多すぎるムービー]
 グラフィックについては、このレビューを書いている2015年現在でも充分過ぎるほどの美しさ。ムービーは実写さながらの質感があり、加えて激しいカメラワークでもしっかり表示されているところが素晴らしい。場面によっては、ムービーと実機イベントとの区別がつかないところもあったので、グラフィックの素晴らしさについては文句ない。

 しかし、いかんせん頻繁にムービーが入る。私はFF13で初めて「ムービーの合間にゲームをやっている、ムービーゲー」の感覚を味わった。それだけムービーを多く見させられるので、ゲームをやっている時間がまるでオマケのように感じてしまう。特に序盤はそうした場面が多いので、なおさらそう感じてしまう。

[説明不足のストーリーとコテコテすぎる世界観]
 RPGにおいて力どころであるストーリーだが、今作ではかなり不評だ。よく言われているのが、説明不足の描写が多いことが挙げられている。

 ルシやファルシといった専門用語がポンポン飛び交っているのに、プレイヤー側に分からせるようにするための描写がストーリー中ではあまりないからだ。メニュー画面で、そうした専門用語を解説している項目があるのだが、そこを読んでおかないと分からないままで終わることも多い。

 専門用語だけでなく、ストーリーの演出も突発的に展開する場面が多々あり、そうなる理由が分からないまま進んでいってしまう。そうした演出の説明不足も、プレイしていて分かりづらいし、面白さを感じにくくなっている。

 世界観を見てみても、個人的にあまりしっくりこないデザインだった。作中で登場する建造物や人物などのオブジェクトのデザインが、コテコテ過ぎるのだ。まるでテレビ番組のスタジオのセットのようなデザインで、ファンタジックなデザインを狙い過ぎた感じがして不自然だ。12も独創的なファンタジックな世界観だったが、あちらの方が自然だった。

[戦闘の難易度の高さ]
 FF13の戦闘の難易度はかなり高い。(7以降の)従来のFFシリーズと比べてみても、かなり難しい部類に入る。

 まず、敵の強さ。ボス敵となると、ストーリー後半では数十万単位のHPを持つ敵も出てくる。先述したブレイクを狙って闘うのだが、それでもかなり時間がかかる。状態異常をもたらす攻撃をしかけてくる敵も多く、その対処に追いつけないことも多いので、かなりやられやすい。

 それとクリスタリウムによるキャラの成長も、それほど強くはならない。要求されるCPの量も、ストーリー終盤では数千から数万とかなり多くなるため、なかなか成長しづらくなる。それにたとえ成長させたとしても、増えるパラメータの量もそれほどではないので、なおさら強さを実感できない。

 オンラインアップデートでEASYモードが実装されたものの、それでも全体的に難しい。先述のブレイクやオプティマを上手く駆使していかないと、EASYモードでも簡単にやられてしまう。そうしたことから、かなり人を選ぶ難易度となっているので、気軽にプレイするということはできない。

【総評】
 いろいろ書いてきたが、やはり悪いところがいろいろと目立つ作品ではある。クソゲーや駄作とまでは言わないが、あまり人に勧められるほどの内容でもない。

 FFシリーズではなく、まったく別のRPGとして見たら、他所の評価は変わっていたかもしれない。だが、FFシリーズとして見ると、正直まだまだ改善できる余地があるように思う。

 あまりオススメできない。



オリジナルティ:2
グラフィックス:5
サウンド:3
熱中度:3
満足度:2
快適さ:2
難易度:4

総合点:52


『ファイナルファンタジーXIII』公式サイト


名探偵コナン漫画「平良伊江が生きていたら…」

 以前こちらの記事でいろいろと書いた『名探偵コナン(以下:コナン)』の「孤島の姫と竜宮城」ですが、その登場人物の一人である平良伊江について自分なりに何か漫画を描いてみようと思い、さっそく描いてみました。タイトルにもある通り、彼女がもし生きていたら(殺されていなかったら)という流れで描いてみました。内容は、森で大東が自供し終えたとこから始まります。

※今回の記事も、『名探偵コナン』の「孤島の姫と竜宮城」のストーリーのネタバレが前提で書かれています。ストーリーを未読でこれから楽しみたい方は、ストーリーを原作単行本35・36巻やアニメDVDで読み終えてから今回の記事を読むことをオススメします。

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名探偵コナンの平良伊江が生きていたら…1

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名探偵コナンの平良伊江が生きていたら…2

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名探偵コナンの平良伊江が生きていたら…3

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名探偵コナンの平良伊江が生きていたら…4

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名探偵コナンの平良伊江が生きていたら…5

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名探偵コナンの平良伊江が生きていたら…6

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名探偵コナンの平良伊江が生きていたら…7

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名探偵コナンの平良伊江が生きていたら…8

 読んでいて気づいた方がいるかどうかは微妙なところですが、今回の漫画には北斗の拳ネタが混じっています。平良伊江を仮死状態にさせる描写は、北斗の拳でのラオウがユリアに仮死状態の秘孔を突く場面をそのままパロって(パクって)います。仮死状態の描写自体いくらでもあるのですが、北斗の拳でのラオウがユリアに仮死状態の秘孔を突く場面が個人的に印象深かったので、その場面をそのまま使ってみました。

 描いていてかなり楽しかったです。北斗の拳ネタのパロディなんていろいろなところで使われていますが、あらためてこうしたシリアスな場面で使ってみてもかなり面白い。そこは、やはり原作者である武論尊先生と原哲夫先生の凄さを感じさせます。正確にはパロディ漫画ではありますが、名探偵コナンを主軸においたので、タイトルは名探偵コナンの漫画として出すことにしました。

 めんどくさがり屋の私は、スクリーントーン貼りなどもほとんどしないので、背景などの描写は(申し訳ないですが)手抜きです。あと人物の遠近法の描写などのバラバラになってしまったのもちょっと痛い。それと、平良伊江の服装がロングパンツと靴ではなく、スリークウォーターパンツとサンダルだったことが判明。なんというミス…。

 最後のページでは説明臭い描写になりましたが、それで終わらせました。構想の段階では大東をラオウに見立てて、「我が生涯に一片の悔いなし」までやらせるつもりでしたが、「さすがにやりすぎ…」と思い、ボツ。それにそこまで描くとなると、ページ数も計12ページとさらに増えるので、分量的に断念。どう描くか悩んだ末、このような描写にしました。

 基本的に今回の漫画は平良伊江、次に大東がメインとなっていますが、彼らは描いていてかなり難しい…。メインキャラであるコナンや平次の描きやすさに比べたら、かなり描きづらい。それに反比例して、平次はめっちゃ描きやすかった。コナンのキャラを描くこと自体初めてなんですが、それを差し置いても、平次はめっちゃ描きやすい。


 なにはともあれ、漫画を無事描きあげるができました。自分がペン入れした漫画で、ここまでページ数の多い漫画を描いたのは初めてです。これからも、できる範囲でガンガン描いていきたい。


『名探偵コナン』をあるストーリーから見た私の見解(2)

前回の記事はこちら


※今回の記事は、『名探偵コナン』の「孤島の姫と竜宮城」のストーリーのネタバレが前提で書かれています。ストーリーを未読でこれから楽しみたい方は、ストーリーを原作単行本などで読み終えてから今回の記事を読むことをオススメします。


 前回はコナンの作風そのものについて書いてきたが、今回は「孤島の姫と竜宮城」のストーリーについて書いていく。

 まず読み終えた感想だが、どうも全体的にしっくりこなかった。今回の事件は、悲劇的な展開を迎えるストーリーなのだが、それを差し置いてもあんまり納得できる内容ではなかった。ストーリーそのものが気に食わないとか、そういうわけではない(私がネット上で検索した限りでは、「孤島の姫と竜宮城」の評判は良いものになっている)。

 このストーリーそのものについて、私なりの見解を順序立てながら、斬り込んで書いていく。「斬り込んで」という言葉を添えているので、愛参謀さんの『北斗西斗』のように、悪いところなども含めていろいろ突っ込んで書いていこうと思う。


1.平良伊江は生かしておくべきだった

 私が今回の記事において、最も強調しておきたいのは登場人物の一人である平良伊江の扱いだ。推理ものにおいて、「この人物は死ぬ設定にすべきではなかった」というのは野暮ではあるが、今回の事件の第一の被害者である平良伊江については個人的にそう言わざるを得ない。

 事件の真相で、平良伊江は五年前に起きた誘拐強盗事件を発案・計画した張本人であり、誘拐されたお嬢様である金城都であることも判明する。彼女を絞殺した大東幹彦は、彼女が死ぬ間際に行った「ごめんね、ちよ兄…」という言葉を聞くまで、彼女が自分がかつて仕えていた主のお嬢様であることに気づかなかった。

 私が彼女を生かしておくべきだったと考えるのは、五年前の事件と今回の事件を含めた一連の騒動に一番向き合わなければならないのが他でもない彼女自身だからだ。

 彼女は大東に首を絞められても「ごめんね」と謝るくらい、事件の責任(良心の呵責)を感じていたのだろう。日頃から「自分は殺されてもいい」というぐらいの覚悟もできていたと思う。無口で何を考えてるのか分からなかった船長の下地や、事件でビクビクおびえるだけのヘタレの久米なんかとは違うのだ。「殺されてもしゃあないね」と思われるようなアバズレなんかでは決してなかったのだ。

 だが、彼女は殺されてしまった。事件に一番向き合わなければならなかった彼女が死んでしまったせいで、一連の騒動にどう向き合う(決着をつける)かができなくなってしまった。事件と向き合うことができなくなってしまったということは、残された大東や町長に対する償い(罪の向き合い)もできなくなったということでもある。私が彼女を生かしておくべきだったと言うのは、生き残ることによるハッピーエンドを期待しているわけではないのだ。

 仮に彼女が生き残ったとしても、それは決して幸せな道ではない。一連の騒動による責任から過酷な人生となるだろうし、殺されることによる死の退場よりも、ずっとつらいものになることは確かだ。だが、上述の覚悟から考えれば、彼女はそれを受け入れても強く生きていくことができるだろう。今回の事件を起こしてしまった大東も、そんな彼女を見れば、残りの刑務所暮らしへの励ましになるだろう。

 余談だが、殺されるはずだった久米はコナンたちのおかげ生き残ったが、あのヘタレっぷりでは事件後もろくなことはしていないだろう。個人的に殺すなら、彼女ではなく、この久米を殺すべきだったと思う。あのヘタレっぷりを見ても、事件を起こしたことに対する責任や覚悟はできてなかったろうし、事件後に騒動のことを向き合うことができるかどうかも微妙だ。


2.コナンたちの事件へのフォローが足りない

 これは「孤島の姫と竜宮城」に限ったことではないのだが、コナンでは事件に対するフォローが足りない気がしてならない。ここで言うフォローとは、上述したような事件に対する関係者の向き合い方や、事後のアフターケアを指す。

 金田一では、事件関係者へのフォローがとても多い。自殺してしまった犯人のお墓参りに行ったり、新たな真実が分かったことを服役中の犯人に面会して話したりという場面がおおい。悲劇な展開が多い金田一において、こうした描写は単に心温まるものとして描かれるだけでなく、「事件に関わった人間として、どう向き合うのか」ということを深く気づかせてくれる。テレビドラマの『相棒』でもそうした演出がよく採られている。

 今回のコナンの事件である「孤島の姫と竜宮城」を含め、コナンではそうしたフォローがあまりないように思える。私は初期の作品ならよくテレビアニメで観ていたのだが、どれも事件の解明を推理して、そこで終わりという流れが多かった。

 これはコナンのストーリーの方向性上、仕方のないことかもしれない。私が小学生の頃もそうだったが、コナンはどちらかというと推理そのものを重きにおいているし、そこに人気がある。推理の先に隠された真実を読みとる相棒や金田一とは、推理物としての見せ方が違うのだ(現にコナンが他番組でゲスト出演する時は、クイズや科学実験などトリック解明をテーマにしたものばかり)。少年漫画である以上、きな臭い人間関係が織り成す真実よりも、奇想天外なトリックを解明する演出の方がこども受けしやすいだろう。

 それに加えて、前回でも指摘したページ数の少なさを考えると、物量的にフォローの描写までは描ききれない。そうしたことを考えると、さすがに難しいところではある。


3.コナンが哀しみを背負っていない

 これは先ほどのフォローの描写と通じるところでもある。コナンでは事件の真相そのものは解決しても、その事件に関わったことに対する向き合い方が描かれていない

 金田一は、自分が遭遇してしまった悲劇の事件に対し、涙を流している。涙を流していいる以上、彼はその事件で起きた哀しみを背負っている。これは『北斗の拳』におけるケンシロウが強敵(とも)の死の哀しみを背負うことと同じだ。その哀しみが理解できるからこそ、金田一や相棒のように事件関係者に対するフォロー(アフターケア)ができるのだ。これは彼なりに事件と向き合っている姿勢の表れでもある。

 コナンでは残念ながら、そうした哀しみを背負う描写が無いように感じる(他のエピソードを詳しく探せばあるのかもしれないが、私が過去に見てきたストーリーにはいまのところない)。コナンの「小五郎の同窓会殺人事件」では、「どんな理由があろうと… 殺人者の気持ちなんて… わかりたくねーよ…」という突っぱねた描写があることから、青山さん自身があまり事件関係者(特に犯人)の哀しみを描くのは好みではないかもしれない。

 そう考えると、殺された平良伊江も青山さんから見れば「こんだけの騒動起こした張本人なんだし、死んでもしゃあないね」という扱いなのだろう。今回の事件の犯人である大東に関しても同じことが言えてしまう。そうだとしたら、いくらなんでも無慈悲すぎると思うが。


 ここまで、長くつらつらと書いてきたが、「孤島の姫と竜宮城」のストーリーは別にダメなわけではない。いろいろなストーリーの伏線の設定ができているのに、全体的にその設定に踏み込んだ描写がなかったのが残念なのだ。もっとそうした描写が描かれていれば、より味わい深い悲劇的な事件として楽しめたであろう。


『名探偵コナン』をあるストーリーから見た私の見解(1)

 ひと月ほど前に、ふと『名探偵コナン(以下:コナン)』が読みたくなった。たまたまネットサーフィンしていたら、コナンのとあるストーリーがとても気になり出したからだ。

 それは原作単行本35・36巻に収録されている「孤島の姫と竜宮城」のストーリー。このストーリーは昔私がアニメで見損ねて以来、ずっとストーリーの展開を知らずじまいだったので、最近になって展開をもっと深くしたいと思うようになった。おそらく、この頃から私はコナンを読まなくなっていた(自然に飽きてしまったというのもある)。

 その後、ブックオフのお正月セールで、原作単行本35・36巻を買ってさっそく読んでみた。

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 で、今回は「孤島の姫と竜宮城」を元にコナンに対する私なりの見解について、つらつらと書いていく。


 まず、原作単行本そのものを読み終えた感想だが、正直微妙だった。どう微妙だったかというといろいろ思い当たるところがあるのだが、まず「青山剛昌さんの作風って、こんなんだったっけ?」と思うほど、漫画の作風が読みにくいのだ。

 私は小学生の頃に、青山剛昌さんの作品である『YAIBA』『4番サード』『青山剛昌短編集』の単行本を読んだことがある。それらと比べても、コナンはとても読みにくい。私は元々コナンはテレビアニメの方で楽しんでいたので、原作はほとんど触れたことがなかったのだが、それを差し置いても読みにくいと感じてしまう。

 具体的にどう読みにくいのかと言うと、セリフが多すぎるのだ。大半のストーリーが1つのページに7~8コマ近くもコマ割りされたカットシーンがあるのに、そこに入るセリフの文章量がとても多い。そのせいで全体をパッと見ると、吹き出しだらけで肝心の絵が小さくなって見づらい。文章量も多いから、「活字本に漫画を差し込んだ」感じに見えてしまい、余計読みづらくなっている。同じ推理漫画である『近代一少年の事件簿(以下:金田一)』でもそうした描写はあったが、コナンほど多くはなかった。

 先ほどの文章量に加えて、一つの事件に割かれるページ数も少ないと感じる。一つの事件で単行本1冊が出来上がるほどのページ数がある金田一に比べ、今回の「孤島の姫と竜宮城」は、その半分にも満たない約90ページほどの分量。ページ数が多ければいいというわけではないが、先ほどのセリフの文章量やカットのコマ割りを考えてみても、全体的にページ数が足りてないと感じてしまう(これは出版元である小学館側が、ページ数を指定の可能性もある)。


 ここまでは原作の作風そのものについて描いてきたが、次は「孤島の姫と竜宮城」のストーリーについていろいろ斬り込んでいく。書く文章が長くなるので、続きは次回の記事でアップする。


つづく