女神の拳「宮野明美vs堀越由美(最終決戦5)」

 漫画『女神の拳』のアップです。前回の続きです。技名は「神龍有情猛翔破(しんりゅううじょうもうしょうは)」。

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 ついにサウザーである堀越由美との戦いもクライマックスに突入。描いたページも初の10ページ超えという多さに。今回はだいぶ力が入りました。

 ストーリーの流れはおおよそ原作通りですが、場面によっては真救世主伝説シリーズの内容を参考にしています。特に6ページ目の「退かぬ媚びぬ省みぬ」の場面は、真救世主伝説にならって3アングル(カット)の描写にしました。原作やテレビアニメ版では1アングルのみでしたが、この場面はサウザーの名言が出る場面でもあるので、一番インパクトがある真救世主伝説の描写に沿って描きたかったこともあり、その通りにしました。

 あと、8ページ目の堀越由美が飛ぶ場面も、真救世主伝説の描写をもとに描きました。原作では単純に突っ込むだけでしたが、真救世主伝説ではちゃんとポージングして飛びあがっています。この場面も真救世主伝説の方がインパクトあったので、そちらの描写で描きあげました。

 さて、サウザーこと堀越由美との戦いもクライマックス突入ということで、ますます感慨深い。ついにサウザー戦も終わるとなると、けっこうストーリーも進んだような気がします。

 それと、今回11ページという枚数を描きあげるのはかなりハードでした。『女神の拳』を描きあげる際、基本的にストーリーがあまり長引かないように、「多くても7~9ページ」とページ数の区切りを決めていました。とはいえ、今回は描くのに必要ないろいろ描写が増えたため、結果的に11ページとなりました。ハードではありましたが、なんとか描きあげることができて、良かったです。


 次回で、堀越由美は最期を迎えます。女神の拳まだまだ続きます。


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遠くの楽園を目指すより、目の前の幸せを見つけていこう

 今月中旬、ベーシストのBunさんのブログにとても賛同できる記事がアップされた。それが下記の記事。



 この記事で、Bunさんは「自分が今いる環境を幸せと感じるのがいかに重要か」ということを説いている。

大切なのは、今いる環境において何を幸せだと感じ取れるかだと思う。

今いる環境に不安しか無い時は、幸せは「別のどこか」にあると感じてしまうけれど、そうじゃなくて、「今いる場所でどこまで幸せを実感できるか」。あるいは工夫して「幸せを感じようという意思を発動できるか」。

そうじゃなかったら、仮に天国へ行けてもきっと不安ばかりが募って幸せは感じ取れない。



 このBunさんの言葉は、私のようなひきこもり・ニート系の人間にはとても重要なことだと思う。

 私のようなひきこもり・ニート系の人間は、今ある環境がつらいと、どこか別の場所にもっと自分が幸せになれるような場所があると思い込むときがある。自分にとっての楽園のような場所を。

 だが、そんなものはない。仮に楽園があったとしても、それはすでに楽園を見つけた人・作り上げた人の場所で、決して万人にとっての楽園ではない。その証拠にそういった楽園では他者からお金をとったりして、なんとなく胡散臭い。楽園なんていっても、そこは社会生活を営む場ではなく、単なるテーマパークと変わりない。

 楽園がないと分かれば、Bunさんの仰るとおり、今いる場所でいかに自分自身で幸せを創意工夫で作り上げるかどうかが大切なのだと痛感できる。仕事をしてお金を稼いだり、仲間と一緒にプロジェクトを進めたり、旧友との親交を深めるために飲んだり、などなど。

 そうした何気ないことから何か自分で工夫してより良くした方が、自分をより幸せに感じさせることができるのだと。


 Bunさんの記事はいろいろと考えさせてくれる情報発信が多いので、とても参考になる。遠くの楽園を目指すより、目の前の幸せを見つけていこう。それこそが幸せを見つける一番の近道なのだから。


東京大神宮の御利益到来か!?

 今からちょうど1ヵ月ほど前の6月21日に、東京の飯田橋にある東京大神宮でお参りしてきました。

東京大神宮

 東京大神宮は縁結びの御利益があることで有名な神社です。

 なぜそこでお参りしたかというと、就職祈願のお参りに来たからです。東京大神宮の御利益である縁結びにちなんで、「就職のご縁があるように」ということで、縁結びだけでなく就職の御利益もあるそうなのです。私は↓のネット記事でその情報を知りました。



 この記事を読んだ私は、さっそく祈願に行こうと思い、かかりつけのお医者さんの診察の後に東京大神宮へ向かいました。

 当初は明治神宮に行こうかと考えていましたが、その近辺で用事がないので立ち寄る機会がないのと、東京大神宮がかかりつけのお医者さんのちかくにあるということで、最終的に東京大神宮に決めました。

 さて、あれから1ヵ月が経ちましたが、まだ内定は出ていません。まあ就活の結果なんて、すぐに出ないことは承知しているので、このことはあまり問題ではないです。

 しかし、ここ最近は書類選考の通過が増え、面接までこぎつくことができる求人がちらほら出てきました(以前の記事で書いた2日連続の面接もその一つ)。この流れ、もしかしたら東京大神宮の御利益かもしれません

 事実はさておき、就活そのものは今のところ順調です。このまま引き続きやっていきます。


東京大神宮 公式サイト


ブログ執筆の筆が進まない & 寝不足気味

 ここ最近、ブログ執筆の筆が進みません。書くネタがないわけではないのですが、どうも筆が進まない。

 それと最近の生活は寝不足気味です。またも昼夜逆転の生活気味になってきました。これはアカン。なんとか治さないと就活に支障が出る。

大崎上島でのMさんとの出会い

 今日で、私が大崎上島を去ってから、ちょうど2ヵ月になります。日々の生活での健康状態も良く、就活も順調に取り組んでいます。

 大崎上島ではさまざまな方との出会いがありました。いろいろ出会いがある中で、個人的に一番大きな出会いだったのは、Mさん(仮名)でした。今回は、そのMさんとのことについて書いていこうと思います。


 Mさんは、私を受け入れてくれたNさんと同じ大阪出身の方(Nさんは大阪の南部出身ですが、Mさんは北部出身)で、年齢は同い年。Nさん以上に関西弁が流暢でとても明るい方です。関西の某名門大学を卒業したほど、頭の切れる方でもあります。

 そのMさんと出会ったのは、私が島に来てすぐのことでした。ちょうどNさんの家には、私が来る前からMさんとSちゃん(仮名)の2人がすでに居候していました。来てすぐにMさんと知り合い、その後島での生活や仕事でともに日々を過ごしました。

 Mさんは後々島内での借家が見つかり、3月初めにNさんの家を出ました。出てからも何度かお会いすることがあり、一緒に車に乗って島内の温泉に連れて行ってくれることもありました。

 個人的にMさんとの関わりが深かったのは、Mさんは私の悩み事について、いろいろ相談に乗ってくれたからです。就職のことや人生の進路のことなど、Mさんからいろいろなことを学びました。ここまでいろいろと相談に乗ってくれた方は、NさんとMさん以外にいませんでした。そうしたこともあり、島内での人間関係の深さでは、Nさんの次に深かったのがMさんでした。


 島を去ってからはMさんと連絡はとっていません。一応SNSでつながってはいるので、そのうち連絡できたらしようと考えています。

 Mさんは自身の都合で10月には島を出て、姫路に向かわれるそうです。その後はどうするかはまだ聞いてはいません。またお会いできたら、大崎上島か他の場所での再会をしたいです。それだけMさんは、人を惚れさせる魅力があります。