女神の拳「宮野明美vs霞紗玖羅(再戦1)」

 漫画『女神の拳』のアップで、前回からの続きです。2・3ページは見開きとなっています。

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 今回から2度目となる宮野明美と霞紗玖羅との戦いです。まだ数ある戦いでの2度目ということで、タイトルには「再戦」とつけました。

 ついに始まりました。『北斗の拳』における最終章の戦い、ケンシロウvsラオウ。そのに当たる『女神の拳』における最終章の戦いは、宮野明美vs霞紗玖羅の戦い。これから、その二人の宿命の戦いの幕が開かれるのです。

 今回は全体的に導入部のような内容なので、大規模な展開となるバトルはないです。ただ、これからどんどん展開を描いていくので、そこはお楽しみに。


 今回は記事の方で書くことも特にないので、今日はこの辺で。女神の拳、まだまだ続きます。


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昨日の面接 & 友人にわかものハローワークを勧めてみた

 昨日は午前9時から都内のとある企業の面接だった。最初の1時間は筆記試験と小論文があり、その後に面接官2人との面接が始まった。

 やっぱり緊張してしまい、先方からは「面談みたいなものなので、そんなに緊張なさらずともいいですよ」とお言葉を頂いた。それでも緊張気味であったので、やっぱりなかなか面接慣れしていないと痛感した。

 面接でのやり取りはぎこちなさや気まずさといったものは無かった。ただ、先方は私の考えている仕事概要と、先方がやっている仕事概要についてミスマッチがあるかどうかをとても気にしていた。「ものすごくミスマッチがある!」というほどではないが、仕事の概要についての説明を受けた際に、やはり仕事の内容については私の方でも「う~ん、確かにちょっと違うなあ」と感じるところがあった。険悪なムードにはならなかったが、やはりそのミスマッチの有無については、どうしてもひっかかるところだった。

 面接は1時間ほど続いて終了。「飛ぶ鳥跡を濁さず」の精神で礼儀正しく別れの挨拶をして、先方の会社を後にした。終わったのは11時頃だった。


 その日の夜。以前から高校時代の友人であるK(仮名)と連絡を取っていて、町田の食べ飲み放題のお店で飲み会をする約束をしていた。さっそく昨晩、町田駅でKと合流し、さっそく店へ行った。

 店で飲食しながら談話していた際に、Kにあるものを勧めた。それは東京にあるわかものハローワークでの就活

 以前参加したジョブクラブの最終日に、参加したメンバー全員に若ハロから「友だち紹介カード」という名刺サイズのカードを渡された。このカードは、正社員に向けて就活している・就活に悩んでいる友人に、若ハロを紹介する名目で渡せることができるカード。カードの特典として、紹介された人は個別相談のナビゲーターさんの指名や、初回相談から予約ができるといった特典がある。

 このカードをもらった際に、私はぜひKにこのカードを渡して、若ハロを紹介したいと思った。彼は現在非正規雇用で働いており、時たま正社員に向けた就活している。私と同じ就活している身なので、少しでも役立てればとも思い、飲み会がある日にカードを渡した。カードだけでなく、若ハロで配布されている若ハロのパンフレットも同時に渡した。

 Kは若ハロにとても興味を持ってくれた。渡したパンフレットを見てくれたし、若ハロのことについても私にいろいろ聴いてくれた。

 その様子を見て、私はとても嬉しかった。Kが若ハロに興味を持ってくれたというのもあるし、あらためてKが私の就活仲間としての存在を感じたからだ。やっぱり就活は一人でやるのは辛いし心細いから、誰かとつながって、一緒にやっていけるというのはとても嬉しいことだと思う。

 東京にあるわかものハローワークは渋谷・新宿・日暮里の三箇所なのだが、Kは新宿が通いやすいとのことで、おそらく彼が行くとしたら新宿になるだろう。

 ただ、ジョブクラブについては渋谷が一番充実しているので、「ジョブクラブの参加はできれば渋谷で」ということは伝えておいた。ジョブクラブで6日間充実したセミナーを学べるのは、渋谷しかないからだ。


 なにはともあれ、昨日は就活に関することばかりの1日となった。午前中は面接だったし、Kとの飲み会の会話は就職がらみの話題が多かった。私自身まだ結果は出ていないが、今後も頑張って就活は続けていく。


練習では本番のように、本番では練習のように

 昨日の夕方、以前応募したとある企業からの電話が私のスマホに入った。電話内容は、面接に来てほしいとの連絡だった。日にちは明日の午前9時。面接には、筆記試験と小論文といった試験もある。

 久々の面接ということで、かなり緊張している。今日はたまたま予約していた若者ハローワークのナビゲーターさんとの相談日だったので、さっそく面接のことを連絡。今日軽く面接対策をしてもらった。面接対策では、志望動機や自己PRといった基本的な面接の対話練習や話す時のポイントなどのおさらいをやった。

 練習とはいえ、やっぱり緊張した。どもることもあったし、「少々考えさせてください」と時間を置くこともあった。面接練習は何度もやったし、面接も何度も受けてきたけれど、なかなか慣れないというのが本音だ。

 とはいえ、ナビゲーターさんから教えてもらった要素をもとに、なんとかうまく話せるようになった。面接当日のための応募書類はあらかじめ用意してあるので、あとはもう少し練習してなんとかうまく話せるようようにしたいところ。

 面接練習について思い出したことがひとつ。それは昨年参加したジョブクラブの同期のIさん(仮名)が仰った言葉。

 「練習では本番のように、本番では練習のように」

 この言葉はとても好評で、ジョブクラブの講師の方もとても興味を示していた。この言葉を胸に面接と面接練習に励んでいきたい。

 なにはともあれ、明日は面接。万全の態勢で挑めるように努めたい。とりあえず今日は早く寝る。


ニート・ひきこもりにとっての本当の居場所とは…

 役割があること。

 ニート・ひきこもりの人でも「これをやって」と頼まれるような役割があること。その人にとっての居場所があるのは、その人にとって何らかの役割があること。すなわち「居場所=役割」

 この「居場所=役割」を教えてくれたのはベーシストのBunさん。このことは、彼が書いたブログの記事に書かれている。



 Bunさんはこの記事の中で、

「大切なのは役割」。
「役割なき場所に居場所はない」。
「必要なのは励ましではなく役割」。

 という主旨の発言を書いている。私はこの記事を読んだ時、「ニート・ひきこもりの人々に対しても同じことが入れるのではないか?」と思った。

 最近はニート・ひきこもりに対する肯定的な見方が出ている。肯定的な見方が出ているのは大いに賛同できるのだが、そこに「ニート・ひきこもりでいいや」「ニート・ひきこもりでいたい」という消極的な態度の人が混じってくることがある。そういう人達に対して、「ニート・ひきこもりでいいんだよ」「働かなくていいんだよ」といった励ましや慰めの言葉が出ることがある。

 私はこのやり取りはどうかと思うし、「そんな言葉に騙されないで欲しいよ」と言いたい。

 そうした言葉をかけられたからといって、ニート・ひきこもりの人々を取り巻く問題が解決されるわけがない。お金を稼げるようになるわけでもなければ、空腹を満たしてくれるわけでもない。

 「ニート・ひきこもりでいいや」「ニート・ひきこもりでいたい」という消極的な態度の人や、ニート・ひきこもりの人の中には、そうした言葉をかけてくれる居場所を探している人もいるかもしれない。ただ、そんな居場所はどこに行ってもない。そうした言葉を言う人も、それに寄って来る人も、単に現実から逃げているだけだ。そんな消極的な人は何の役割も全うできないから、「これやってみて」とせっかく頼まれた仕事をしっかりやれないから、誰も評価なんかしてくれない。

 逆に言えば、ニート・ひきこもりでも前向きに役割をこなしてくれる人はどこ行っても評価される。それがBunさんの仰る「居場所=役割」につながるのだ。

 「居場所づくり」とは「役割づくり」でもある。

 それをBunさんは教えてくれた。それが分かれば、都会へ行こうが田舎に行こうが、しっかりと自分に課された目の前の役割をこなすことができるようになる。場合によっては、お金を稼げるような役割、すなわち仕事も任されるようになる。そうなってくると周囲の人々からも評価されるようになるし、非常にうれしい。

 ニート・ひきこもりの人にとって大切なのは役割があること。それもお金を稼げるような物事にトライできること。これに尽きると思う。それを考えると、ニート・ひきこもりの人々が社会復帰を目指して頑張るというのは、非常に大切なことだと思う。お金を稼げるようになれば、自信を持つことにもつながる。

 大切なのは励ましではなく役割。ニート・ひきこもりの人だけでなく、それに近い人にとっても重要なことだと思う。


意識し始める年齢のこと

 私は去年の8月19日に28歳を迎えた。この28という年齢は、人生においていろいろと考えさせられる奥深い年齢だなって、あらためて思う。

 28歳を迎えて思うことはいくつかある。

 まず、10代から20代前半の頃にあった野心のような心が薄くなったこと。それぐらいの年齢というと、「一念発起して、一旗あげたい!」みたいな野心みたいなものがある人って多いと思う。私もその一人だった。起業だったり、いなか暮らしだったり、いろいろやりたいと思っていた。

 だが、もう20代後半になるにつれ、そうした感情は薄くなっていった。そういうのに対する情熱とか想いというが薄くなったというのもあるし、それらに関連する物事に従事するのも疲れたというのもある。

 次に、自分の生活に対する現実的な側面について考えるようになったこと。お金のこととか、家族のこととか、就職のこととか…。20代後半はこれらのことについて、いろいろと意識するようになった。

 特に自分の生活の中で一番影響力が大きかったのは、私の従兄弟に赤ちゃんができたこと。私の従兄弟は8歳年上で、小さい時から一緒に遊んだり、どこかに行ったりと兄弟のように仲が良い。その従兄弟に赤ちゃんができた。あくまで従兄弟のことではあるのだが、赤ちゃんのことを聞いた時は、まるで自分のことのようにうれしかった。赤ちゃんのことを考えると、「自分もしっかりと働いて、将来は従兄弟の赤ちゃんにお年玉やプレゼントをしたいな」ということも考えるようになった。それぐらい親族(身内)での出来事としては影響力が大きかったことだ。

 他にもいろいろと思うことはあるのだが、28歳という年齢は「若いようで若くない」というのが個人的な所感だ。求職者としては、30歳でもなければ、20代前半の第二新卒でもない。肉体的には、中高年よりは体は動くが、10代の頃に比べると体力は落ちている。そんな感じでとても中途半端な年齢だと感じる。


 なんでこんなことを書いたのかというと、数か月前にサポステの友人であるOさん(仮名)とSNSで会話をしていた時のこと。Oさんが、私がいなか暮らしを目指さずに、東京で就活を目指す選択をしたことについて疑問をなげかけた。Oさんからしてみれば、私が熊野や大崎上島で田舎暮らしを経験しているにもかかわらず、田舎暮らしを選ばずに東京で生活していくことが疑問に感じたのだと思う。

 そう思われるのも無理はない。私は熊野の共育学舎と大崎上島でともに充実した生活を送ってきた。そのことはブログにも書いていることだから、そう思われるのも不思議ではない。Oさんの疑問ももっともだと思う。

 ただ、その場ではうまく答えられなかったが、やはり年齢というのはどうして欠かせない要素であることは確かだ。これは個人差があるので、必ずしも28歳で意識するとは限らないが、人間誰もが人生のどこかで自分の年齢のことを強く意識する日が来ると思う

 28歳でこんなことを言うと、ジジ臭く感じるかもしれない。だが、年齢のことについて意識することはどうしてもはずせない。Oさんは私よりも年下であるが、いずれ彼も私のように年齢のことを意識するようになる時期は来ると思う。自分の年齢をどのように意識するかは個人によるが、このことは頭の片隅にでも忘れずに覚えておいた方がいいと思う。


 若いようで若くない28歳という年齢の自分を、人生においてどのように進ませるか。就活をしている自分にとっては、この年齢はまさに正念場だと思う。特に就職は大きく影響するだろう。ここは頑張り時だと信じて、これからも積極的に動いていきたい。