金の在り方を考えざるを得ないニッポン

 今月の6日の読売新聞朝刊にて、興味深い記事があったので取り上げる。


 記事は『カネ・モノ 欲望の先に』というタイトルだ。内容はというと、東日本大震災以降人々がむやみやたらと消費(浪費)を繰り返したり、モノを所有したりすることを見直し、お金や時間の使い方を有意義に使おうというもの。

 記事に記されている電通総研が行った震災後の生活者意識調査(昨年12月に20~60歳代の1200人を対象に調査)では「大切なことをよく考え、お金や時間の使い方のメリハリをつけたい」という回答が78%に上がったという。

 同社の関係者からは「『物を持つ』から『物に束縛されない』へ。普段は節約し、こだわりの物にお金をかける近年の傾向が震災後に加速している」との指摘もある。

新聞では以下のような記述もある。

 高度成長以降に広がった大量消費社会の欲望。日本人が今、幸福の象徴だった金銭や消費を立ち止まって見つめ直している。
 <読売新聞 1月6日金曜日 朝刊 1面>


 上記の記事では、戦後の昭和の中で、大量消費に対する考え方の改めを見つめ直そうとしているというもの。確かに高度経済成長期の日本では、アメリカにならって大量消費社会に向けて走って行ったのは事実だ。バブルになると高級品が売れるようになったのは、言うまでもない。

 しかし、この記事で一つおかしな箇所がある。記事の続きである33面に書かれた、社会経済学を専門にしている教授の松原隆一郎氏の発言だ。内容は以下の通り。

 武道や茶道のように、生涯を通じて活動でき、世代を超えて一緒に楽しむオープンな人間関係の場があった。しかし、戦後の日本社会は、個人主義を突き詰めていった結果、個人の自由や競争を重視してしまった。反動で、人と人がつながりあうことの楽しさ、幸福感を求める心理が出てきている。
 <読売新聞 1月6日金曜日 朝刊 33面>


 発言の内容には、新聞記者の編集も多少混じっているのかもしれないが、書かれている内容に準じて書いていく。

 上記の氏の発言には「戦後の日本社会は、個人主義を突き詰めていった」とあるが、これはまったくの誤りだ。戦後の日本で突き詰めたのは、個人主義ではなく集団主義だ。日本では、地域においても会社においてもムラ社会の色合いが強い社会構造だ。

その社会構造の一つに日本特有の雇用制度である「年功序列」がある。年功序列は、年齢に応じて昇給と昇格が与えられるも、会社に対して厳格な忠誠を求められる。そこには個人の裁量があまりなく、集団内での裁量によって物事が決まる。このことは城繁幸さんが自身の著書で何度も指摘しているとおりだ。

 また、個人主義を突き詰めていった反動で「幸福感を求める心理が出てきている」という発言もあるが、これも誤りだ。目崎雅昭さんの指摘もあるように、日本人の幸福感(幸福度)は50年以上も前から、低いし、依然として変わっていない。このような情勢も、日本特有のムラ社会、強いては集団主義に原因があるのだ。幸福感を求めるのは、日本人だけとは言わず、人間なら誰しもが求めるが、日本の場合は個人主義を突き詰めた反動では決してないのだ。

 そもそも日本では未だ個人主義ではなく、集団主義の色合いが根強く残っている。個人主義が出てきたのは、(大まかに言うと)平成に入ってからだ。少なくとも、昭和の時代では個人主義ではなく集団主義が台頭していた。

 先ほど述べた年功序列も、日本では「年功序列は素晴らしかった。何としても復活させろ!」と巷では叫ばれている。しかし、城繁幸さんの指摘にあるとおり、それはパイ(市場における収益)が増え続けた経済情勢だからこそできたことで、高い経済成長が望めない今となってはもう復活させることはできない。


 松原氏への反論ばかりになってしまったが、何が言いたかったのかと言うと、この記事に書かれている「お金や物の消費を見直す」というのは素晴らしいということだ。

 お金や物の使い身は個人の自由なのだから、他人がどうこう言える立場ではない。それゆえ、自分が選んだ選択肢に対する責任も他人に対してどうこう言えるものではないのだ。

 日本とアメリカのような大量消費社会では、魅力ある財やサービスがあふれている。人々はそれを享受しようとお金を稼ぎ、借金をしてまで、享受しようとするが、大半はお金に困る立場に堕ちていく。そのことに対する不満を「お金持ちが悪い!」と叫ぶが、選択肢を選ぶのは自分である以上、誰のせいでもない。

 「お金や物の消費を見直す」ということは、単にそれらに対して堅実的になるというよりも、経済的・合理的にそれらを扱うようになるということだ。そうなれば、お金に対する見方や知識もこれまでよりも変わる可能性が大いにある。お金の問題は誰もが避けて通れないことだ。少なくとも、これで社会に蔓延するお金に対する不満を少しは減らせるかもしれない。


 年金問題や財政破たんなど、金の在り方を考えざるを得なくなったニッポン。震災後というのは皮肉かもしれないが、「お金や物の消費を見直す」という動きは今後ますます増えていくことになるだろう。それも、自分たちの幸福を守ることの一つなのだから。


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