『Bライフ』

Bライフ―10万円で家を建てて生活するBライフ―10万円で家を建てて生活する
(2011/08)
高村 友也

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 遊民さんのブログサイト『高等遊民の備忘録』にて、紹介されていた本。副題は「10万円で家を建てて生活する」。遊民さんの記事を読んで興味がわいたので、さっそく買って読んでみました。

 本書は著者が運営しているサイト「Bライフ研究所」が書籍化されたもの。本書の内容の大半はこちらのサイトで書かれているのですが、本書でしか書かれていない要素もあります。私はあらかじめサイトの方を確認してから、本書を買いました。


 著者である高村友也さんは、本書のタイトルにもある「Bライフ」を実践されている方。Bライフとは何か。高村さんは自身のホームページで「生活水準を少しだけ下げて、ホームレスより僅かに上、一般市民より遥かに下の、極めてコストのかからない生活」をBライフと呼んでいます。さらにその概要について、本書では以下のように詳しく書かれています。

 Bライフは、筋金入りのサバイバルでもなければ、自給自足やDIYにこだわるものでもないし、スローライフやエコロジーライフ、ナチュラルライフなどというものとも違う。「金がなくとも心は……」といった類の根拠のない貧乏賛歌でもないし、「働かない」とか「もうリタイヤ」と決め込むわけでもない。働きたくなったら働けばいいし、「そこ」でゴロゴロしていてもいい。「そこ」に帰ってくれば最低限の生活が保障されている、でも最低限だから維持費なんて全然かからない、そんな自分だけの安全地帯を、低予算で、しかも完全に独力で構築する。金も無い、技術も無い、知識も無い、協力者もいない、そんな人でも、素人業の積み重ねでなんとなくそれらしいものを作って、なんだかんだで生活していく。


 高村さんが唱えるBライフでは、凝り固まった考え方や価値観は特になく、生活している本人の自由です。本書で著者の生活が書かれていますが、社会的な規範や習慣にのっとった行動は特に書かれていません。寝たい時に好きなだけ寝て、本を読みたい時に好きなだけ本を読む。しかもそれを誰にも邪魔されない。高村さんの世代で、これほど自由な生活を実践している方は日本にはあまりいないでしょう。読んでいて、うらやましい限りです。


 では、高村さんがそのような生活を実現するために具体的にどのようなことをしているのか。ホームページでも公開されていますが、ここではさらりと紹介していきます。

 高村さんは山林の中にある土地(といっても山奥と市街地の中間にある場所)を購入し、そこで独力で家(小屋)を建てて、生活しています。家造りでは、法律に触れない範囲での設計・構築と、ホームセンターで購入できる工具や材料を用いたといいます。家を建てった費用(材料費のみ)が10万円以下でできてしまうのですから、驚きです。電気や水、トイレなどのライフラインも、法律などに沿って著者なりに創意工夫が施されて、ちゃんと整備されています。

 「Bライフを送るうえでの生活費はいくらになるか?」というと、高村さんはなんと「年に25万円も稼げば、最低限生きていける」と言います! 彼の生活費は、毎月2万円ほどの出費でまかなっています(ホームページにて公開されています)。これは法律や税金を考慮し、インターネットなどの情報料金や、彼が持っている原付バイクの維持費などを含めたうえでの金額です。

 数年前まで「世界一物価が高い国」と言われた日本において、毎月2万円の出費で、年25万円あれば必要最低限の生活ができるというのがすごい。さらに高村さんは本書で以下のように語っています。

 豊かな国・時代であえて低い生活水準を保つことで、周囲との間に局所的な貨幣価値の格差を生み出すのが、Bライフの旨みとも言える。賃貸暮らしの人が「一 日働いてたった8000円か……」と嘆いている一方、Bライフでは「一日8000円ももらっちゃっていいの?」ということになる。


 昨今の日本で話題になっているフリーターやワーキングプアなどの格差問題が、一気に解消してしまいそうな考え方。生活水準をあえて低くし、自由な生活を手に入れるという発想には大賛成です。

 Bライフについては、ほとんど高村さん自身の生活の紹介ですが、本の終盤あたりに他の方がBライフを実践するうえで必要な事前準備・計画について、提唱しています。

 本書の最後に「Bライフ再論」として、Bライフの全体像を社会的・人生論的な観点から考察しています。その中で、印象深い箇所があります。

 では、その自由であなたは何を生み出したのか、芸術か、発明か、科学技術か、と問われるかもしれないが、「……のための自由」なんて語義矛盾も甚だしい。 何も生み出す必要などない。ただ生きて、意識があって、自由に考えることができればそれでいい。自由は何かのための道具ではなく、おそらく誰もが知っている単純な欲求である。誰が決めたか知らないが理不尽にハードルの高い、普通の人として存在するための思考様式の最低条件から解放されて、足枷無く物事を考 えたい、精神的に身軽でいたいという気持ちである。


 この文章は遊民さんも取りあげていますが、「何かやりたいことがあるわけでもないのに自由な時間が欲しくなる」というのは、私も高村さんと同じです。

 よく「自由」についての話題を他人と話す時、相手は「おまえはその自由を手に入れていったいどうするんだ?」という疑問を投げかけられることが多いです。相手は「自由を得た先に何かがある」というように、何かしら意味や目的を求めますが、私は「別に意味や目的はなくったっていいじゃないか」とよく思います。

 レゴブロックで例えるなら、高村さんの考え方は何もない台座があるだけの状態。そこに自分が持っているブロックで何かを組み立てようがなかろうが、何をしたっていい状態です。世間ではこの台座に「何か築きあげて、それを崇高なものにするよう努力しなければならない」といった意識(固定概念)が多いですが、何をするのも「自由」なのだから、それが消極的なものであっても良いわけです。これぞまさに消極的自由を認めたうえでの真の自由


 読み終えた感想としては、面白い本でした。自由な生き方の1つとして、とても参考になります。ただ、本書の内容はホームページでも公開されているものも多いので、まずは著者のホームページである「Bライフ研究所」を見ることをオススメします。ホームページを見て、「より詳しく知りたい!」と思えたなら、買いです。


Bライフ研究所


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