一つの場所に留まることがいかに苦痛なことか

 私は農業法人に就農できて、はや1ヵ月。「これでよかったのか…」と、まだまだ不安の種が尽きない日々を送っている。

 なぜ、不安の種が尽きないのかを私なりに考えてみた。いろいろ考えつくのだが、一番しっくりくるのは、「一つの場所に留まる」ということが自分にとっていかに苦痛であるか、ということだ。

 就職というのは、その会社で基本的に一定期間(正社員なら定年まで、契約社員なら契約期間まで)働くことである。それが決まるというのは、ずっとその場所に留まることを意味する。派遣社員や出張の多い仕事ならいざ知らず、農業や事務職は基本的に一つの場所(ここでは職場)に留まって仕事をこなしていく。

 私は就農できたのはうれしかったのだが、働いていて「雇われて働くのって、向かないのかな…」と感じてしまうことがある。それが上記で書いた、「一つの場所で留まる」ということだ。

 私は元々学校生活や会社生活になじめず、窓の景色を見るたびに「ここから抜け出したい」と常々思っていた。生活拠点としてどこかの場所に留まるのならまだしも、仕事など非プライベートの事柄で一つの場所に留まるのは、やっぱり苦痛に感じてしまう。今勤めている農業法人も「農業技術を働きながら学ぶため」とはいえ、一つの場所に留まることに変わりはない。

 そうしたことを愚痴ったりすると、親から「風来坊みたいな生き方なんてダメよ!」と言われたりするが、私はそうした生き方に憧れを抱いてしまう。旅人、風来坊、ヒッピー、ノマド。一つの場所に留まらず、さまざまな地を渡り歩き、現代社会の枠組みや価値観に問われず生きる。映画『イントゥ・ザ・ワイルド』で、旅をする中でアラスカにて命を落としたクリストファー・マッカンドレスさんのように。

 ある自己啓発本などでは、「決断とは、他の選択肢を捨てること」と説いている。もしそうならば、「一つの場所に留まりたくない」というのは、「他の選択肢を捨てずに、保持していたい」ということの裏返しでもある。

 人生は有限である以上、多くの選択肢を持てないことは重々承知している。しかし、一つの場所に留まり続けるというのは、よほどポジティブな印象がない限り、長続きできない。私はそう考えてしまう。

 これは伊藤洋志さんの『ナリワイをつくる』でも書かれていたが、仕事を専業化してしまうと、仕事そのものに飽きてしまって、面白味を感じず、苦痛を感じてしまうことがあるという。それでも、生活のために仕事をしなければならず、結果的に人生がネガティブなものになってしまう。


 一つの場所に留まるのが苦痛である以上、どうすればいいのか。未だに答えは出ていない。

 とはいえ、このままにしておくのは納得できない。現時点でできることはなかなかないのだが、ニートのphaさんやナリワイの伊藤洋志さん、ひきこもり名人の勝山実さん、Bライフの高村智也さんなど、著名な方々の参考になる人生観がそろってきた。

 著名な方がの人生観はまだまだ参考させていただきたい。


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コメント

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Re: No title

>>ななーしさん
コメントありがとうございます。
いえいえ、ななーしさんのコメントは正論なんですから、気分を害すなんてことは無いですよ。

ただ、少しばかり言い訳させてもらうと、農業が嫌いなわけではないんですよ。
体動かして作物を獲って回ったり、出荷した野菜が飛ぶように売れるのを知ると、本当に気持ちいいもんですよ。
現在の勤め先の法人で働いていても、それほど不自由を感じませんし。

といっても、すこやかに晴れた青空や遠くに見える美しい景色を見ると、「どこかに行きたい」という衝動に駆られるんですよ。
元々ぶらり旅が好きな性分なんで、そういう感情がうっすらとでてくるのですよ。
別に今やっている仕事に大きな不満がなくても、なんとなく「どこかに行きたい」と感じてくる。
できればそのまま、気の向くまま行き続けて、どこか異境の地に行きたい。
それが私にとっての「一つの場所に留まりたくない」ということなんですよ。

農業やっている以上、一つの場所に留まることは大前提であることは確かです。
ですが、この気持ちや衝動は今後自分の中で治まることはないでしょう。
自分なりに、メドの付け方をみつけていくことになるんでしょうね。
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