世捨て人の庵

世捨て人の庵
世捨て人の観察小屋

 「世捨て人の庵」というサイトをご存じだろうか?

 さまざまなコラムを書き、大衆社会ひいては日本社会を批判し続けた個人サイトである。残念ながら管理人の都合により、サイトそのものは閉鎖してしまったが、現在は有志(?)の方の好意により閲覧することができる(上記の「世捨て人の観察小屋」を参照)。

 私がこのサイトを知ったのは、大学1年生の時。ネットの検索で適当に「世捨て人」と打ったら、出てきたのがそもそもの始まりだった。興味本位でのぞいてみたのだが、あまりの痛快なコラムに、ほとんどの記事を読み漁ってしまった。どの記事も読みごたえがあり、「その通りだ!」と思えるほどに賛同できるものも多かった。

 例えば「プロフィール考」というコラム↓。

ブログ(またはサイト)のプロフィールは何のためにあるか。
たとえばネットでおもしろい記事を見つける。そのブログの2、3の記事を読んで興味を引かれたとする。その次に見るのがプロフィールだろう。

プロフィール(サイト概要を含む)は、初めて訪れた人に作者の人物像やコンセプトを手短に伝え、内容を理解するために必要な予備知識を与える、という重要な役目がある。しかし、ボクを含めて多くの作者はここで手を抜いてしまうんだな。

女性に多いのが年齢を書かない人。プロフィールに年齢は必須ではないが、あった方がいい情報だ。少なくとも血液型や星座よりは。日記などは小学生か老人かぐらいはわからないと意味をなさない。せめて年代や性別ぐらいは書くべきだ。

「プログは中身が大事であって、どんな人が書いたかは関係ないでしょ。」
という意見もあろうが、そんなことはない。人は著者の人物像に照らして文章を理解するものだ。たとえば「亀田大毅は切腹しろ!」と書いてあったとして、爆笑問題の太田が書いたのか草野仁が書いたのかによって解釈がまったく違ってくるはずだ



 上記の内容に賛同して、私もプロフィールはなるべく多くの情報を書いた。

 サイトの管理人であるチャールズAZMA氏は、元システムエンジニアで、日本社会に馴染めず、フリーターに転身。その後サイトを通して、日本社会のおかしさや大衆(特にサラリーマン)の愚かさを説いた。

 今でこそ、ブログやTwitterを通して日本社会を批判しているサイトは多いが、「世捨て人の庵」はその先駆者といってもいいかもしれない。まだネットがあまり普及していなかった90年代後半から2010年に閉鎖されるまで、10年以上に渡って運営された老舗サイトでもある。2000年代後半にブログという簡易ツールが出ても、個人サイトというツールにこだわり続け、自己流のサイトを表現してきた。

 だが、彼自身やサイトのことで残念に思ったところもある。

 それは、他者との交流をしなかったことだ。彼は掲示板を「ゴミの山」と主張し、掲示板を一切設置しなかった。かつてはメールでの意見や感想を受け取っていたそうなのだが、それすらも辞めてしまった。一方的に情報を流すだけで、他者との交流はなかった。

 「世捨て人の庵」と検索すると、彼のコラムに賛同したり、サイトの閉鎖を惜しむ記事があったりと、彼を慕う人間はいたのだ。掲示板などを設置しないということは、そうした人々との交流を断ってしまうので、非常にもったいないと感じた。彼の独特な文章表現には敵も多かったろうが、それでも他者との交流をしないというのはもったいなかった。賛同できる人同士が集まって、チャールズAZMA氏を囲むだけでも、彼が活躍できる機会はもっと増えていただろう。


 ネットでコラムを読みたがっている人・書きたがっている人は、読んでみることをオススメする。それだけ、彼の書く文書はパーフェクトな構成だからだ。


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