『「やりがいのある仕事」という幻想』

「やりがいのある仕事」という幻想 (朝日新書)「やりがいのある仕事」という幻想 (朝日新書)
(2013/05/10)
森博嗣

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 以前紹介した『里山資本主義』と一緒に購入した本。本書については、遊民さんの『高等遊民の備忘録』や日野瑛太郎さんの『脱社畜ブログ』で書名は知ってはいました。『里山資本主義』の後で読もうと思い、ついでに買ってみました。


 著者は工学博士で小説家でもある森博嗣さん。森さんは世間一般で言われる社会人経験(就労経験)がないと言いますが、現代の日本社会で蔓延するいびつな労働観について、著者なりの見解や意見を述べています。

 森さんはまず、「働く」という行為について、以下のように述べています。

 僕の仕事に対する第一原理というのは、これまでに幾度も書いているが、つまり、「人は働くために生きているのではない」ということだ。
 (中略)
 仕事をしていないと「一人前の社会人」とし見なしてもらえなかった。数十年まえまでは、世界のどこでも(たとえ民主主義の国でも)働かない人間には、選挙権さえなかった。諺には、「働かざる者、食うべからず」なんていうものがあって、これは今でも、けっこう普通にみんなが口に出す常識といえる。また、憲法には、国民の労働の義務が規定されているらしい。僕は法律には大変疎いので、よくわからないが、でも実際には、労働しないからといって逮捕されたりはしないみたいだ。だから、賞罰があるわけではない。また、少なくとも、労働してない人でも、基本的人権は認められているはずだ(僕はそう認識している)。世の中には、「権利には義務が伴う」という言葉があるけど、実際には、基本的な人間の権利(人権)は、なにかの義務と交換するものではない。誰にでも無条件で認められる(認めなくてはならない)権利のはずだ。



 まさにその通りです。労働の義務ばかり押し通そうとする風潮が、世界を通して強いですが、そもそも強制的に個人に労働を押し通す理屈など、どこにもない。「権利には義務が伴う」という言葉も、義務ばかりが押し通り、肝心の権利がないがしろにされている現状が起きています。

 上記の文章のように、本書は世間一般に蔓延している労働観を疑問視しています。そこから、「そう窮屈でなくてもいいじゃないか」といった具合に、凝り固まった労働観をほぐしていきます。

 とはいえ、書かれていることは「ゆるふわ」な感じで書かれているわけではありません。森さんは自身が述べていることを「身も蓋もないこと」として、あらかじめ述べています。本書の後半で書かれている就労に関する質疑応答の文では、けっこうドライで鋭い指摘が書かれています。

 例えば、「自由時間がありません」という問いについて、以下のように答えています。

 不思議な質問だと思った。やりたいことがあったら、どうしてもうやっていないのだろうか。時間がない、という言い訳を考える暇があるなら、やれば良いと思う。やりたいことというのは、寝るよりも、食べるよりも、優先できるはずだ。もし、時間がないからできない、と判断しているのが本当ならば、それは、そうまでしてやりたくないことだといえるから、一所懸命になってやる必要もないと思う。
 あまりに突き放した回答になってしまったが、時間というものは本当に限られているから、自分の時間を大切にする姿勢はいつも持っていたい。何故、毎日何時 間も電車に乗るのか。どうして、こんなに家族サービスに時間を取られるのか、などなど、当たり前だと思っていることを考え直すのも一つの方法かと。



 著者はけっこう現実的に物事を観る感じなので、人によってはこのドライさが不快な感じを抱くかもしれません。こうした文について、森さんは以下のようにも述べています。

 こんな突き放したようなことをあっさり書いてしまうから、「難しい人間だ」とか「冷たい人間だ」と思われているようだ。
 「難しい」というのは、よくわからない。わかりやすく書いているつもりだからだ。上手ばかり言って、飾った言葉で褒めそやして、そのくせ本当のことをなかなか正直に語らない人が多い。そういう人の方が僕は「難しい」と思う。
 それから、「冷たい」というのは、まあ、そのとおりかもしれない。どうしてかというと、温かいことに興味がないからだ。温かい言葉とか、温かい態度とか、そういうものがはっきりいって嫌いである。面倒くさいと思う。「ぬくもり」なんて言葉も胡散臭い。



 とはいえ、著者もそれほどドライなことをつついているわけではありません。「人生は、やりたいことをやればいい。そして、やりたいことは仕事と関係なくてもいい」。最後の方で、以下のような文も書いています。

 なんとなく、意味もわからず、「仕事にやりがいを見つける生き方は素晴らしい」という言葉を、多くの人たちが、理想や精神だと勘違いしている。それは、 ほとんどどこかの企業のコマーシャルの文句にすぎない。そんな下らないものに取り憑かれていることに気づき、もっと崇高な精神を、自分に対して掲げてほし い。それは、「人間の価値はそんなことで決まるのではない」という、とても単純で常識的な原則である。



 この文章を読んだ時、「ああ、人生の本質ってこういうことでもあるのかな…?」と感じました。企業が掲げるような「やりがい」や「自己実現」ではなく、自分の内に秘めたもの。まさに「自分は何がしたいのか?」と自分自身に問いたくなる文です。


 読み終えた感想ですが、良書でした。働くことに疑問を持つ本として、中島義道さんの『働くことがイヤな人のための本』と通じるところがあります。中島さんの本は哲学的に深く考えていますが、森さんは現実的にスパッと物事を分析し割り切る感じです。

 働くことに疑問を抱いている方・ネガティブに感じている方は、中島さんの本と合わせて読むと、判断材料の比較ができていいと思います。


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