共育学舎で俗世を離れた生活をしてみる

 突然ですが、私CHAGEAS-FANは3月5日(正確には3月6日)から共育学舎への長期滞在することを決めました

 去年の11月に茨城県の農業法人を退職して以来、ずっと迷いに迷い続けていました。「このままどうしよう…」「就職でスキルアップした方がいいかもしれないけど、就活する気力が出ない…」「かといって、正社員でも厳しい御時勢なのに、自分なんかじゃ余計上手くいかない…」といったネガティブなことが頭の中を堂々巡りしていて、自分の人生をどうするか・今後どう生きるのかがまったくもって見えませんでした。

 そうした中で、うっすらと頭の片隅に残っていて離れなかったのが、共育学舎への長期滞在でした。農業法人で勤めていた時(赤字経営などに不満が出始めた時)から「共育学舎へ戻りたい!」という気持ちがあり、「やるなら長期滞在で生活したい」と考えていました。

 そうした話を周りにすると、「共育学舎に行って、何をするの?」「あそこは就職の場じゃないんでしょう?」といった否定的な疑問を投げかけられます。ですが、これだけは声を大きくして言いたい。

 「就職がどうの…」ではなく、「自分がどうしたいのか」を考えた結果、共育学舎へ行くことを決めたのだ。

 と。共育学舎で過ごした日々は本当に素晴らしかった。かかりつけのお医者さんからも、「行っていた時の方が、顔色が良かった」と言われたくらいに。思想や生活システムも、大変共感できることばかりの日々でした。世間一般の俗世の生活とはだいぶ異なりますが、私にとっては天と地ほどの差がありました。

 去年は、共育学舎で学んだことを機に農業をやりたいと、茨城県の農業法人で正社員として再就職しました。ですが、赤字経営などの問題をはらむ農業法人に徐々に嫌気がさし、それに反比例する形で「共育学舎に戻りたい」という気持ちが強まっていきました。就職しても、共育学舎の日々を忘れたことは1度もありません。


 共育学舎へ行くことを後押ししてくれたのは、農業法人の同僚だったMさん(仮名)のおかげでもあります。Mさんは農業法人に勤める前は、2年ほどお坊さん(仏教僧)になるための修行生活していました。その経験から、私の共育学舎の話にも興味を持って、聴いてくれました。そのことから、私はMさんに何度か人生相談をしており、特に共育学舎に行くことに対する相談をよくしてもらいました。

 そのMさんが語ってくれたことの中で、興味深い話があります。Mさんはお坊さん生活をした経験から、俗世を離れた生活をしてきました(具体的にどのくらいかと言うと、俗世に出た時に街中の自動販売機に衝撃を受けたくらい)。私は「俗世を離れたら、俗世に戻れなくなるのでは?」と問いかけたところ、そうではないことを教えてくれました。

 「俗世を離れた生活をしてみると、逆に戻りやすくなる(俗世に馴染みやすくなる)」

 Mさん自身がそうだったと語ります。「お坊さん時代の生活経験があるからこそ、以下の自分がある」。Mさんはそう語っていました。だからこそ、Mさんは私が共育学舎へ行くことに賛同してくれましたし、推してくれました。

 「やらない後悔より、やる後悔」

 そのことも語ってくれました。これらの言葉もあり、私は共育学舎へ行くことを決めました。


 とはいえ、この決断に至るまで、かなりの時間が過ぎてしまいました。その間にも自分の資産は減り、精神的にも徐々に無気力な日々が続いていきます。そうした悪循環を断つ名目でも、今回の長期滞在に行くことに意義があると考えています。

 「何もせずに不安ばかりが続く日々なら、いっそ共育学舎へ飛び込んで、しっかりと自分自身のことを見つめ直そう!」

 とも。なんにせよ、ある程度いろいろ考えたら、まずは行動することから始めようと思います。私にとってのその第一歩が、共育学舎への長期滞在なのです。


スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する