物事に「支配される」のと「心の底から楽しむ」のは違う

 私はゲームが大好きですが、周囲に「ゲームが好き」と話すと、「もしかしてオタク?」とよく疑われたりします。世間ではゲームというとオタクに繋がるイメージはあるかもしれませんが、私は自分のことをオタクとは思っていません。オタクであることについても、まったく気にする必要はないと思います。
 オタクというと世間でのイメージはあまり良ろしくないことが多いです。確かにオタクの中には社会的・道徳的に問題を起こす人がいたりします。
 誤解されないように言っておきますが、私はオタクそのものが悪いと言っているわけではありません。オタクの中にそうした悪いことを起こす人は、ほんのごく一部の人であって、大半の人はそんな問題を起さないと言いたいのです。むしろ、何らかの問題を起こす人はオタクであるかどうか以前に、道徳的・人間的に問題があります。大半の人々は、他人のことを思いやったり、自分のしたことを見直せるなど、良識的な判断がしっかりとできる方々です。ではこうした問題のない人・ある人の違いは何でしょうか。それは物事を「心の底から楽しんでいる」人と、物事に「支配されている」人の違いだと考えます。

【物事に支配されている人】

 物事に支配されている人は、その物事に対して心の底から楽しんでいるようには思えません。それは彼らの行動を見ていれば分かります。
 「オタクがどうのこうの」と気にして、他人との関わりを持とうとしなかったり、「指紋が付くからどうのこうの」と好きな物事に対して異常なまでの執着心を見せたりします。もっとひどいのはその執着心が災いして、同じ趣味を持つ人に対して「あれが駄目だ、これが嫌だ」と誹謗・中傷に近い発言をしたりして、相手を困らせたりします。
 最悪なことに彼らの中には、お金のことを大切に考えていない人も多いです。アルバイトをして貯めたお金もすぐに欲しいものにババッと使い果たしてしまいます。そしてお金欲しさに、他のことには目もくれずせっせとバイトをしたりします。「バイト→浪費→バイト→浪費→…」の繰り返し。これでは『金持ち父さん貧乏父さん』で指摘されるラットレースそのものです。
 彼らは周囲の目などを気にしてばかりで、本当に大切な人間関係や時間、お金について見直そうとしません。そうしたことから、彼らに対する周囲の人々からも良い目で見られることも少ないです。彼らの普段の顔や会話を見てみると、とてもネガティブな雰囲気が感じられます。

【物事を心の底から楽しんでいる人】

 物事を心の底から楽しんでいる人は、「オタクだなんだ」と変なことは気にしません。その物事だけでなく、生活中の様々な場面でいろいろな行動や考え方ができる人です。
物事にはメリット・デメリット(リスクや失敗)があり、楽しむ際にはその2点を考えて楽しむことも必要になってきます。物事に親しんでいれば、それらの内容に関する知識がだんだん増えていきます。登山なら登山中の事故や災害、ゲームなら面白くなかった作品をやってしまった時など様々です。そうして増えた知識を、別の友達に教えてあげるたり、また自分が今後物事を楽しむ際の判断材料になります。こうした知識はその物事に関することだけでなく、お金や時間などの経済的観念もだんだん意識できるようになります。
 また物事を心の底から楽しんでいる人は、会ってみると実に素晴らしい人生を送っている人が多いです。彼らと会話していると、笑顔や笑い話が出てきます。会話も一つの物事だけでなく、どんどん別の話題へ派生して、様々なことを聴くことができます。会話の内容は他愛もない話題だったりしますが、何年か経てそのことを思い出すと、お互い「良い思い出」として残ります。


 抽象的な概念が多い所もありますが、以上が私の理由です。どんな物事でも自分が心の底から楽しめないと長続きできませんね。
 それと、あなたの周りでも物事を心の底から楽しんでいる方と話す機会がありましたら、いろいろ質問してみると良いと思います。彼らの返事にはあなたにとって思いがけない良い情報を得られるかもしれません。

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