不正受給者の本当の問題(2)

前回の記事はこちら


 私が考える不正受給者の本当の問題とは何なのか。結論から言うと、以下の2点にまとめられる。2点の内容について、それぞれ順を追って説明する。

1.出しゃばる。
2.問題の責任(ツケ)を立場の弱い人間に押し付ける。



 まず1番の出しゃばる行為だが、巷で報道される不正受給者はこの出しゃばる行為に走る者がとても多い。ここでいう出しゃばる行為とは、目立つと言わんばかりの悪事(所業)を指す。

 実例として、在日韓国人による生活保護の不正需給についての報道がある。それが以下の動画だ。



 この動画を見ても分かるとおり、「ここまでしたら、不正受給がバレるのは当たり前じゃないか」と言わんばかりの目立つ行為が出ている。

 こちらの記事でも、生活保護の不正受給で逮捕された韓国籍の女性の報道について書いたことがある。この女性はクラブの経営で何千万という利益を上げていた。ここまで出しゃばる行為を見せれば、バレても文句は言えないだろう。

 犯罪そのものを擁護するわけではないが、そもそも犯罪というのは、正確には「罪を犯した」から犯罪になるのではなく、「犯した罪を検挙」されて、初めて犯罪と認知されるのである(あくまで法律上では)。いくら不正受給がれっきとした犯罪であっても、やっていることがバレなければ、それが表ざたになることは残念ながら決してないのだ。

 それでも上述した不正受給者たちに共通するのは、いつバレてもおかしくないくらい出しゃばる行為が多いことだ。不正受給がバレてしまったら、己の身が危ういのは明白なはずなのに、それでも彼らは出しゃばる行為をやめようとしなかった。

 そうしたことをしてしまうのは、元々不正受給者自身が出しゃばりな性格というのもあるのだろうが、考えられる大きな原因は「犯罪がバレなかったことにより、犯罪がエスカレート(悪化)すること」であろう。

 これは万引き犯が、初犯でバレなかったことに味を占めて、万引き行為がエスカレートする(大胆にものを盗んだり、万引きの累計被害額が大きくなる)のと同じことである。不正受給もバレなかったことをいいことに、徐々に出しゃばった行為がエスカレートしてしまうのだ。こうなると、不正受給している当人たちは自覚していなくても、傍から見れば「怪しい…」と思われるくらいに行為が目立つようになる。もうその頃には、とんでもないくらいの被害となっているのである。

 この出しゃばりが世間に露呈した際に、さらに問題になるのが不正を一切していない一般の社会保障受給者にそのとばっちりが及ぶことだ。日本社会(近年では先進諸国でも)では、受給資格があるにもかかわらず、受給すること自体を悪いように思わせる風潮がある。「社会保障受給者=不正受給者」というこじつけに近い構図が出来上がってしまっている。このせいで正規の受給者が肩身の狭い思いをしたり、本来受給資格があるのに自ら受給を拒んでしまうなど、本来社会保障が働くべき機能・機会が損なわれている。生活保護を受給できなかったことによる餓死者の事件がその典型例であろう。

 これらのことを考慮すると、不正受給者による出しゃばる行為は社会的にも倫理的にも極めて重罪である。

 次に2番の問題の責任(ツケ)を立場の弱い人間に押し付けることだが、これは以前当ブログでも取りあげた不正受給者のAも同じことをやらかしている。何かしらの問題や不都合、あるいは己が出しゃばることで生じるツケを立場の弱い人間に押し付けようとする所業である。

 前回の記事でも取りあげた児童手当を不正受給した親も、己の子供という立場の弱い人間を犠牲にして、不正受給をしていた。

 不正受給で取りあげられたわけではないが、「耳が聞こえない音楽家」として名声を得ていた佐村河内守もまた、自分より立場の弱い音楽講師に作曲活動を押し付けていた。音楽講師に分相応の報酬をろくに払わなかったばかりか、「(作曲活動をしてくれなければ)自殺する」と脅してまで、自身の名声を維持しようとした。佐村河内も、立場の弱い人間を犠牲にするほどの出しゃばりな行為をしでかしていたのだ。

 こうした事態も、立場の弱い人間に問題を押し付けたりして、己が得をしようとする許しがたい行為である。出しゃばるだけでは飽き足らず、立場の弱い人間を犠牲にして、名声を得たり、己の慢心を満たそうとする身勝手な振る舞いなのだ


 不正受給で金を得ているだけなら、制度の穴を改善して、金を行き渡らせないようにすればいい。それは制度そのものの問題である。だが、不正受給による出しゃばる行為や問題の責任(ツケ)を立場の弱い人間に押し付ける行為は、明らかに不正受給者自身の問題である。彼らがそうした行為に走らなければ、不正受給の被害は大きくなることもなかったし、立場の弱い人々への責任転嫁や犠牲もなかった。

 そのことに気づいて鳴りをひそめる(自重する)ならば、まだマシな方である。しかし、彼らの大半は鳴りをひそめるどころか、出しゃばりや責任(ツケ)の押し付ける行為を辞めようとしない。それどころか、そうした所業をさらに大きくしようとする。ここまでくると、もはや不正受給者に物事の損得を考えられる理性はろくにないであろう。話し合いで解決できる問題の域を超えてしまっている。

 では、私たちはこうした不正受給者たちに対して、どのように対処すればいいのか。そのことについて、次回書いていく。


つづく


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