ベーシックインカムで一億総消費者社会になる(1)

 当ブログで何度も取り上げているベーシックインカム(以下:BI)。「BIを導入したら、日本(もしくは世界)はこんな風になる」という予想を、書く人は多くいる。良い意味でも悪い意味でも、どちらかの観点に立って書かれている。今回はそのBIを導入した後の社会の予想を、私なりの考えをもとに書いていく。


 BIを導入したら、社会はどうなるのか? これは多くの人にとって疑問に感じるところである。だが、国や地域における細かい社会事情などを考慮しないと何とも言いようがないのだが、今回は日本でのBI導入という観点で述べていく。

 結論から言うと、私はBIの導入で一億総消費者社会になると考えている。

 一億総消費者社会とは、日本が高度経済成長期に語られていた「一億総中流」という言葉をもじったもの。一億総中流は日本国民の大部分が中流階層である、という認識のもとで成った言葉。それに基づいて言うならば、一億総消費者社会とは「日本国民の大部分が消費者として生きる人々がほとんどである社会」という認識で成る言葉である。

 もちろん、これは言葉のアヤが若干含まれていることを忘れてはならない。一億総中流と言われていた高度経済成長期にも、お金持ちである上流や日雇い労働で生きる下流の人々もいたのだ。だが、経済成長による社会の変化によって、国民のほとんどが中流の人間であるような錯覚に感じていただけなのだ。私の言う一億総消費者社会も同じである。

 「何を馬鹿なことを! この社会は、生産者となって働いてくれる誰かの労働によって成り立っているんだ。皆が消費者になってしまったら、生産物がなくなって、消費もへったくれもないではないか!」

 上述の言葉を聴いて、そう思われる方もいるだろう。一億総消費者社会の説明に入る前に、社会における生産者と消費者の概念について理解しておかなくてはならない。

 人間が自分の欲望を満たす為に食べ物なり衣類なり娯楽品なりを生産する。その生産品を消費(享受)するために、消費者がお金(もしくは対価に見合った物々交換)を払う。消費者からもらった対価をもとに、生産者が別の生産者から欲しい生産品を享受するためにお金を払う。根本的な経済のサイクルはこのようにできている。このサイクルで言うならば、社会に生きる人々は皆生産者であり消費者でもあるのだ。このサイクルがうまく回ることで経済は成り立っている。

 ところが、この経済サイクルは根本的な原理に近づき過ぎて、現代社会におけるさまざまな弊害や問題にそぐわなくなってきている。

 まず生産者として生きることが何より困難になっている。労働の機械化・IT化・マニュアル化により人手を必要とする生産活動がだいぶ減ってしまってきている。たとえ人手が必要な生産活動があるとしても、非正規労働者や途上国からの外国人労働者による安い賃金で働かせることができる生産者によって、ますます生産者としての活動範囲が狭まっている。そうなってくるとより高度な技能を身につけた生産者を増やそうとするが、人間の技能促進というのは教育や自己啓発などによって安易にできるものではない。

 また先ほどの述べた労働の機械化・IT化・マニュアル化により、生産活動の効率性や生産量が飛躍的にアップしている。特に経済成長を経た先進諸国の多くは、生産者同士の競争激化や生産物の飽和状態により、明らかに供給多寡となっている。飲食店などで、まだ飲食可能な食品が大量に廃棄される現状がそれを物語っている。公認会計士や歯科医師など、スペシャリストと呼ばれる専門分野に従事する人々が就職難に陥っているのも、同様の問題だ。それに加え、少子高齢化で人口そのものが減りつつあり、消費者として生産物を消費してくれる人々も減っている。

 それだけではなく、「生産者=消費者」として成り立つ人々の社会生活からして、就職難などで生産者として生きていくのが難しいのと比例して、充分な消費活動もままならなくなっている。つまり、生産者になれなければ消費者になることも不可能なわけだ。「生産者=消費者」として人々に経済活動を発展・維持させようとする社会構造そのものが、もはや機能不全になりつつあるのである。

 こうした現状を打破でき、BI導入によって成ると予想されるのが、私が先ほど述べた一億総消費者社会である。

 記事が全体的に長くなってしまったので、次回詳細を書いていく。


つづく


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