選挙の投票に行くことは政治に対する意見を申し立てる体制をつくること

 今日の夕方6時ごろに、父と母とともに最寄りの出張所に行って、衆議院選挙の期日前投票に行ってきました。投票はいつも期日前投票で早目に済ますのが、選挙時における我が家の習慣となっています(父いわく「当日は混雑していて、時間がかかるから」だとか)。

 今回の選挙あいろいろなところで言われていますが、目的がはっきりしない分、世間での期待があまり高いように感じないと思われている方多いでしょう。なにはともあれ選挙となれば、「どの政治家に投票するか?」「どの政党に投票するか?」は皆さん悩まれることになるでしょう。私も同じです。

 以前私はネット上で知り合った方から、「投票でどういう人(もしくは政党)にいれるのか、参考に聞きたい」といった質問を受けたとことがあります。その時は具体的にこれといった回答をしなかったせいか、相手の反応は意外な感じを持たれたようでした。その際「CAHGEAS-FANさんは、どちらかというと共産党の主張に近いものを感じる」といった趣旨のコメントを受けたことがあります。

 実のところ、私は政党になんてそれほど執着していません。「この政党が無難かな…」という妥当な支持はあっても、「この政党が一番だ!」というような絶対的な支持はありません。

 質問を投げかけた方もそうですが、皆さん「どの立候補者(政党)に投票すれば、絶対的に政治が良くなるのか?」ということばかり見ているような気がします。もちろん、そのことが悪いわけではないですし、だれしもが考える自然な考えでしょう。

 ですが、「どんなに絶対的に支持をしていても政治が思うようにならない」ということは絶対にあるのです。自民党の政治に期待ができず民主党政権が発足した時は、多くの人が民主党に期待していたでしょう。ですが、実際にやってみると自民党以上の失態が目立って、民主党は国民からそっぽを向かれてしまいました。号泣会見で世間をあきれさせた野々村元議員も、当選後はいろいろと期待されて政治家になったはずです。

 こうしてみれば、どんなに絶対的に支持をしていても必ずそのようになるとは限らないのです。もちろん未来は誰にも予測できないので、これは仕方のないことでもあります。

 私は言いたいことは、誰(どの政党)を支持するかを執着しなくてもいいから、まずは投票に行くこと。これこそが大事だと私は考えています。

 選挙に行って投票すること自体、国民の立派な政治活動です。投票に行くだけでも、「政治の意思決定の場に自分も参加した」という大義名分が成り立つのです。それほど重要なことなのです。支持したい立候補者や政党がいなかったら、白紙投票でもいいのです。白紙投票だけでも「支持したい政策がありません」という立派な意思表示になるのです。

 投票を通して意思表示をしておけば、後々政治で失態やら不満のある政治活動をされた時に、「おまえ選挙で言ってたこととちゃうやないか! どういうことや!」と声を大にして意見することができるのです。この意見できるということも大事なところなのです。

 どんなに政治に興味がなくても、自分に政治的不利なこと(例えば、35歳以下は所得税増税など)をされたら、誰だって黙っていません。万が一そうしたことが起きても、事前に選挙で投票していれば、後々不満があっても声を大にして言えるのです。


 14日が選挙日となっていますが、実際は期日前選挙を入れれば、あと2日間しか選挙日はありません。たかが一票、されど一票。そう言っても過言ではないくらい、選挙の投票とは大きな力を秘めているのです。期日前でも全然良い。皆さん、ぜひ選挙で清き一票を!


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