『名探偵コナン』をあるストーリーから見た私の見解(1)

 ひと月ほど前に、ふと『名探偵コナン(以下:コナン)』が読みたくなった。たまたまネットサーフィンしていたら、コナンのとあるストーリーがとても気になり出したからだ。

 それは原作単行本35・36巻に収録されている「孤島の姫と竜宮城」のストーリー。このストーリーは昔私がアニメで見損ねて以来、ずっとストーリーの展開を知らずじまいだったので、最近になって展開をもっと深くしたいと思うようになった。おそらく、この頃から私はコナンを読まなくなっていた(自然に飽きてしまったというのもある)。

 その後、ブックオフのお正月セールで、原作単行本35・36巻を買ってさっそく読んでみた。

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 で、今回は「孤島の姫と竜宮城」を元にコナンに対する私なりの見解について、つらつらと書いていく。


 まず、原作単行本そのものを読み終えた感想だが、正直微妙だった。どう微妙だったかというといろいろ思い当たるところがあるのだが、まず「青山剛昌さんの作風って、こんなんだったっけ?」と思うほど、漫画の作風が読みにくいのだ。

 私は小学生の頃に、青山剛昌さんの作品である『YAIBA』『4番サード』『青山剛昌短編集』の単行本を読んだことがある。それらと比べても、コナンはとても読みにくい。私は元々コナンはテレビアニメの方で楽しんでいたので、原作はほとんど触れたことがなかったのだが、それを差し置いても読みにくいと感じてしまう。

 具体的にどう読みにくいのかと言うと、セリフが多すぎるのだ。大半のストーリーが1つのページに7~8コマ近くもコマ割りされたカットシーンがあるのに、そこに入るセリフの文章量がとても多い。そのせいで全体をパッと見ると、吹き出しだらけで肝心の絵が小さくなって見づらい。文章量も多いから、「活字本に漫画を差し込んだ」感じに見えてしまい、余計読みづらくなっている。同じ推理漫画である『近代一少年の事件簿(以下:金田一)』でもそうした描写はあったが、コナンほど多くはなかった。

 先ほどの文章量に加えて、一つの事件に割かれるページ数も少ないと感じる。一つの事件で単行本1冊が出来上がるほどのページ数がある金田一に比べ、今回の「孤島の姫と竜宮城」は、その半分にも満たない約90ページほどの分量。ページ数が多ければいいというわけではないが、先ほどのセリフの文章量やカットのコマ割りを考えてみても、全体的にページ数が足りてないと感じてしまう(これは出版元である小学館側が、ページ数を指定の可能性もある)。


 ここまでは原作の作風そのものについて描いてきたが、次は「孤島の姫と竜宮城」のストーリーについていろいろ斬り込んでいく。書く文章が長くなるので、続きは次回の記事でアップする。


つづく


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