意識し始める年齢のこと

 私は去年の8月19日に28歳を迎えた。この28という年齢は、人生においていろいろと考えさせられる奥深い年齢だなって、あらためて思う。

 28歳を迎えて思うことはいくつかある。

 まず、10代から20代前半の頃にあった野心のような心が薄くなったこと。それぐらいの年齢というと、「一念発起して、一旗あげたい!」みたいな野心みたいなものがある人って多いと思う。私もその一人だった。起業だったり、いなか暮らしだったり、いろいろやりたいと思っていた。

 だが、もう20代後半になるにつれ、そうした感情は薄くなっていった。そういうのに対する情熱とか想いというが薄くなったというのもあるし、それらに関連する物事に従事するのも疲れたというのもある。

 次に、自分の生活に対する現実的な側面について考えるようになったこと。お金のこととか、家族のこととか、就職のこととか…。20代後半はこれらのことについて、いろいろと意識するようになった。

 特に自分の生活の中で一番影響力が大きかったのは、私の従兄弟に赤ちゃんができたこと。私の従兄弟は8歳年上で、小さい時から一緒に遊んだり、どこかに行ったりと兄弟のように仲が良い。その従兄弟に赤ちゃんができた。あくまで従兄弟のことではあるのだが、赤ちゃんのことを聞いた時は、まるで自分のことのようにうれしかった。赤ちゃんのことを考えると、「自分もしっかりと働いて、将来は従兄弟の赤ちゃんにお年玉やプレゼントをしたいな」ということも考えるようになった。それぐらい親族(身内)での出来事としては影響力が大きかったことだ。

 他にもいろいろと思うことはあるのだが、28歳という年齢は「若いようで若くない」というのが個人的な所感だ。求職者としては、30歳でもなければ、20代前半の第二新卒でもない。肉体的には、中高年よりは体は動くが、10代の頃に比べると体力は落ちている。そんな感じでとても中途半端な年齢だと感じる。


 なんでこんなことを書いたのかというと、数か月前にサポステの友人であるOさん(仮名)とSNSで会話をしていた時のこと。Oさんが、私がいなか暮らしを目指さずに、東京で就活を目指す選択をしたことについて疑問をなげかけた。Oさんからしてみれば、私が熊野や大崎上島で田舎暮らしを経験しているにもかかわらず、田舎暮らしを選ばずに東京で生活していくことが疑問に感じたのだと思う。

 そう思われるのも無理はない。私は熊野の共育学舎と大崎上島でともに充実した生活を送ってきた。そのことはブログにも書いていることだから、そう思われるのも不思議ではない。Oさんの疑問ももっともだと思う。

 ただ、その場ではうまく答えられなかったが、やはり年齢というのはどうして欠かせない要素であることは確かだ。これは個人差があるので、必ずしも28歳で意識するとは限らないが、人間誰もが人生のどこかで自分の年齢のことを強く意識する日が来ると思う

 28歳でこんなことを言うと、ジジ臭く感じるかもしれない。だが、年齢のことについて意識することはどうしてもはずせない。Oさんは私よりも年下であるが、いずれ彼も私のように年齢のことを意識するようになる時期は来ると思う。自分の年齢をどのように意識するかは個人によるが、このことは頭の片隅にでも忘れずに覚えておいた方がいいと思う。


 若いようで若くない28歳という年齢の自分を、人生においてどのように進ませるか。就活をしている自分にとっては、この年齢はまさに正念場だと思う。特に就職は大きく影響するだろう。ここは頑張り時だと信じて、これからも積極的に動いていきたい。


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