ニート・ひきこもりにとっての本当の居場所とは…

 役割があること。

 ニート・ひきこもりの人でも「これをやって」と頼まれるような役割があること。その人にとっての居場所があるのは、その人にとって何らかの役割があること。すなわち「居場所=役割」

 この「居場所=役割」を教えてくれたのはベーシストのBunさん。このことは、彼が書いたブログの記事に書かれている。



 Bunさんはこの記事の中で、

「大切なのは役割」。
「役割なき場所に居場所はない」。
「必要なのは励ましではなく役割」。

 という主旨の発言を書いている。私はこの記事を読んだ時、「ニート・ひきこもりの人々に対しても同じことが入れるのではないか?」と思った。

 最近はニート・ひきこもりに対する肯定的な見方が出ている。肯定的な見方が出ているのは大いに賛同できるのだが、そこに「ニート・ひきこもりでいいや」「ニート・ひきこもりでいたい」という消極的な態度の人が混じってくることがある。そういう人達に対して、「ニート・ひきこもりでいいんだよ」「働かなくていいんだよ」といった励ましや慰めの言葉が出ることがある。

 私はこのやり取りはどうかと思うし、「そんな言葉に騙されないで欲しいよ」と言いたい。

 そうした言葉をかけられたからといって、ニート・ひきこもりの人々を取り巻く問題が解決されるわけがない。お金を稼げるようになるわけでもなければ、空腹を満たしてくれるわけでもない。

 「ニート・ひきこもりでいいや」「ニート・ひきこもりでいたい」という消極的な態度の人や、ニート・ひきこもりの人の中には、そうした言葉をかけてくれる居場所を探している人もいるかもしれない。ただ、そんな居場所はどこに行ってもない。そうした言葉を言う人も、それに寄って来る人も、単に現実から逃げているだけだ。そんな消極的な人は何の役割も全うできないから、「これやってみて」とせっかく頼まれた仕事をしっかりやれないから、誰も評価なんかしてくれない。

 逆に言えば、ニート・ひきこもりでも前向きに役割をこなしてくれる人はどこ行っても評価される。それがBunさんの仰る「居場所=役割」につながるのだ。

 「居場所づくり」とは「役割づくり」でもある。

 それをBunさんは教えてくれた。それが分かれば、都会へ行こうが田舎に行こうが、しっかりと自分に課された目の前の役割をこなすことができるようになる。場合によっては、お金を稼げるような役割、すなわち仕事も任されるようになる。そうなってくると周囲の人々からも評価されるようになるし、非常にうれしい。

 ニート・ひきこもりの人にとって大切なのは役割があること。それもお金を稼げるような物事にトライできること。これに尽きると思う。それを考えると、ニート・ひきこもりの人々が社会復帰を目指して頑張るというのは、非常に大切なことだと思う。お金を稼げるようになれば、自信を持つことにもつながる。

 大切なのは励ましではなく役割。ニート・ひきこもりの人だけでなく、それに近い人にとっても重要なことだと思う。


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