主体性なき者に自立や成功は決してない

 数日前にまた当ブログのコメント欄でウジウジウジウジ居座る輩が出てきた。当ブログのことについてどう思おうが個人の勝手だが、いつまでもウジウジ居座ってばかりいるというのはバカと言うほかない。

 「自信があるのなら、自分でサイバースペースを持って、そこで自由に述べればいい」

 私は相手にこの言葉を述べてきたが、相手は聴く耳持たず。それで、当ブログのコメント欄にウジウジウジウジ居座って、ろくでもないコメントばかり残していく。「くだらねえことに油売ってないで、さっさと行動しろよ!」と、こちらはこうした輩にはいつも思う。


 さて、こうした輩について思ったことがある。それは主体性がないこと。ここでいう主体性とは、自ら動いて事を成そうとすること。簡単に言えば、自分で自分を動かす行動力だ。

 今回のような輩、すなわち他人のサイバースペースにウジウジしている輩も含めて、主体性がないことに気づいた。「主体性がない=自分で何かを成そうと行動しない」ということだ。要は自立の信念と行動力がないのだ。

 今回の輩は某有名ニートのことばかりをやたらと持ち上げていたが、そこに自分が何かをしようとする意識が感じられなかった。ただ、「自分が困ったら、某有名ニートに助けてもらおう」という依存の意識しか見られなかった。

 こういった輩は自分で何かを成そうとせず、相手に依存するしか考えていない。自分のコメントが他人のブログに載らないことも「他人のせいだ」と言い張る始末。ネットの情報発信ぐらい自分でいくらでもできる時代に、それをやろうとしない。そんなことするのは自分で何かを成そうとする自立の意識がなく、他人になんかとかしてもらえばいいという依存の意識が、こうした輩の根底にあるからだ。

 自分で何かを成そうとする人は、ネットの情報発信でも、何かしらの活動を従事するのでも、がんばって活動されている。それが仕事であろうと、勉強であろうと、就活であろうと、趣味であろうとだ。

 一方今回の輩のように相手に依存することしか考えていない輩は、結局自分で何もしない。誰かが助けてくれるのを待っているだけだ。そんな風に待っていたって、成功のチャンスは絶対にめぐってこない。宝くじを買わないくせに、高額当選の夢ばかり見ていると同じだ。

 少しでも気になること・やりたいことがあるのなら、つべこべ言わずに行動すればいい。行動する(行動した)からこそ、得られるものがある。ネット上で情報発信している人は、そうしたエピソードをいくらでも発信している。

 それなのに行動しないのは、自分に自信がないばかりでなく、誰かに依存しようとして、事を成そうとするゲスな魂胆があるからだ。そんなものは私でなくたって、周りの人間が見えればハッキリわかる。他人は決してバカじゃないし、ゲスな魂胆は誰が見たってわかるほど醜いものだ。


 もう一度書くが、少しでも気になること・やりたいことがあるのなら、つべこべ言わずに行動すればいい。それができないのであれば、「黙っていろ!」と言いたい。いつまでもウジウジしている輩に手を差し伸べる人なんていない。そうした中で「手を差し伸べろ!」だなんてギャーギャー騒いでいるのは、単なる自分勝手なわがままだ。

 依存することばかり執着して、自分から動こうとしない輩に得られるものは何一つない。主体性なき者に自立や成功は決してない。自立や成功をつかみたければ、まずは自分で自分を行動させること。それは他人を動かすこと・変えることでは決してない。

 まずはつべこべ言わず行動しろ。ただそれだけのこと。


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