共育学舎は自分たちにとって第2の故郷か否か?

 今年の大崎上島での滞在中に、Nさん(仮名)とふと共育学舎のことについて雑談することがあった。

 その時の雑談の話題は「共育学舎は自分たちにとって第2の故郷か否か?」というもの。

 で、その答えだが、お互いに「共育学舎は第2の故郷ではない」という結論だった。Nさんと私で共通しているのは、もう「共育学舎は卒業して、そこで新しく学びたいことは特にない」ということ。

 お互い、共育学舎に長期滞在していたのは2014年。もう共育学舎を出てから3年は経つ。その間特にコレといって共育学舎への御縁はなかった。SNSなどのやり取りで共育学舎の近況を知ることはあるものの、特にコレといったやり取りも無かった。

 お互いに共育学舎については「卒業した」という認識なので、巷の学校卒業と同じように、もう長期滞在という形で戻ることはないと思う。Nさんも私も「共育学舎OB」としての御縁はあるが、現在進行形で続いている何かしらの御縁はない。

 共育学舎は公式サイトにも明記されているが、あくまで「止まり木」のような空間。代表である三枝さんのもとで教えを学び、機が熟したらいずれは巣立っていく。ずっといる場所ではない。どんな過ごし方にせよ、いずれは卒業して、自分の力で巣立っていかなければならない。「自分の力で巣立つ」ということは、「卒業」という意味に近いと個人的に考えている。

 それにこんなことを言うと三枝さんには申し訳ないが、三枝さんもかなりの御歳だ。卒業した身で何度も三枝さんに頼ってしまうのは、三枝さんに申し訳ない。三枝さんだって、いずれはお会いできなくなる日が必ず来る。それは三枝さんに限らず、どんな人に対しても一緒。だからこそ、「卒業」という自立が大事なのだ。

 何よりNさんも私も現在は熊野よりも、大崎上島という場所で御縁をつないでいる。大崎上島でいろいろやっていることもあり、あまり熊野のことも気にかけなくなっているというのが現状だ。熊野が嫌いになったわけではないが、大崎上島への気持ちを占めるウェートがだいぶ大きくなっている。そうしたこともあり、いまのNさんと私には大崎上島での御縁の結びつきが強くなっている。


 共育学舎では基礎的なことを学んで、大崎上島で実践的なことをしてきた。私はそんな流れで、いなか暮らしをやってきた結果となった。共育学舎での暮らしも大きかったが、大崎上島での生活の方が個人的にはいろいろな意味でより大きかったように思う。

 卒業していろいろやっていけているのだから、これで全然いいと思う。卒業して活躍できることも、共育学舎OBとしての誇りだと思う。これからどんどん頑張っていけばいい。


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